2019年2月18日

利便性の代償

 10月からの消費税率の引き上げ(予定)を機に、キャッシュレス決済などを推進しようという流れになっているようだ。確かにキャッシュレス決済は手間暇がかからず効率的かもしれない。だが、効率化や利便性の代償として失うものもあるのではないだろうか。

 キャッシュレス決済には、前払いのプリペイドカードや、クレジットカードなど後払いのポストペイ、デビットカードなど同時払いのリアルタイムペイなどがあるという。さらにプリペイド型電子マネーやポストペイ型電子マネーなどもあるらしい。古い頭では整理が難しいのだが、いろいろなキャッシュレス決済の方法があるということだけは、なんとなく分かった。

 このようなキャッシュレス決済では、ポイントが貯まるものもある。一見、徳をしているようだが、先方には同時に個人情報が蓄積されると思うと恐ろしい。いつどこで何を買ったか。購入記録だけではなく、日常の行動パターンまでも読み取られてしまう。

 個人情報が漏れてることを前提にしなければならないのはEメールも同じだが、それにしても怖い社会になってきた。たとえばネットで何かを検索すると、ポータルサイトにはそれに関する広告が出てくるようになる。レコメンドとかレコメンテーションというらしいが、関心を持っているだろうと思われる関連商品などを推薦する機能である。

 ともかく利便性の代償として失うものもあることを肝に銘じておきたい。

2019年2月11日

誕生日

 今日は2月11日なので誕生日だ。何回目の誕生日かは非公表だが、誕生日は毎年、休日である。だが、おめでたいかどうかは何とも言えない。

 同級生の大部分はリタイヤしているが、こっちは現役で働く毎日だ。今年も1月4日から仕事を始めて、今日まで1日も休んでいない。さらに今月いっぱいは休めそうにない。それで、働き方改革云々と書いたり話したりしているのだから苦笑せざるを得ない。

 そんなことで忙しいため、誕生日前日の10日の昼に、事務所の近くの新宿西口で、かみさん、長男夫婦と孫2人、長女夫婦と孫2人で誕生会を開いてくれた。昼食なら、午前中も誕生会が終わってからも事務所で仕事ができるからだ。

 自分も入れると総勢10人だが、正月に全員が顔をそろえてから1カ月と少ししか経っていない。だが、わずか1カ月でも子供たちの成長は早い。その分、自分は衰えていることになるのだろう。そう考えると、おめでたいとは言えないのである。

 ところで、祝ってもらうはずの主役が? 費用のほとんどを負担している。そんなことがあるかと先人に尋ねたら、「そのような誕生会は古来稀なり」とのことだった。

2019年2月 4日

統計は参考資料の1つ

 厚生労働省の「毎月勤労統計」にはじまって「賃金構造基本統計」などにも不正調査問題が拡大。さらに総務省の「小売物価統計」でも不正調査が行われていたという。その他の省庁の統計にも疑惑は拡がっている。

 不正調査に至っては論外だが、ルール通りに調査された結果でも、統計には限界がある。ずっと昔から各省庁やシンクタンク、様ざまな業界団体などが集計・発表する統計類を使って仕事をしてきたが、20代の中ごろに徹底的に叩き込まれた統計に対する考え方は忘れたことがない。

 それは「統計はあくまで参考資料の1つに過ぎないので疑ってかかれ」というもの。なぜかといえば、調査対象(サンプリング)、調査方法、設問によって結果が変わってくるからだ。たとえ統計学的な処理をした結果でも、完璧なものはない。とくに設問が大きなポイントで、設問次第では、予定調和的に調査主体に「好ましい」結果を導き出すことができる。

 そんなことから、その統計の調査目的、調査対象、調査方法、設問などの限界を考え、抜け落ちている部分を自分の足と目で確認するのが取材だとくどいほど言われた。そして取材によって得られた定性的なファクトと、省庁などが発表している定量的な調査データを、自分の頭で総合的に判断して原稿を書くようにと教えられたのである。

 最近の不正調査問題のニュースを聞くたびに、20代中ごろに厳しくいわれたことを懐かしく思い出す。そして、あのころ教えられたから、1人(フリー)でやってこれたのだな、と改めて思えるようになってきた。

2019年1月28日

読者の反応

 売れない原稿ばかり書いているが、粗食ながら文章で食べているので読者の反応は気になるものだ。なかでもWebマガジンの記事に対する反応は早い。ほとんどの「コメント」は記事がUPされて24時間以内ぐらいに書き込まれる。趣旨を理解して賛同してくれるようなコメントはもちろん嬉しい。だが、2017年2月27日の当コラム(ページビュー)にも書いたように、内容をよく理解しないで批判するコメントも多い。これは反対に、良く理解しないで「いいね」をクリックしてくれる人も相当数いると思わなければならないことになる。

 それでもネットの記事は業界関係者の枠を超えて読まれるので、一般の人たちの受け止め方などが分かる。批判的コメントも一般の人に理解してもらうにはどのように書けば良いのかを考える好材料だ。それに対して紙媒体は、ほとんど物流業界関係者が読者である。そして、ネットよりも反応が伝わってくるのが遅い。

 それでも今年になってから発行された紙媒体の記事に対する反応は比較的良い。これまで4カ所の新年会に顔をだしたが、そのうちの3カ所で「読んだよ」とか「なるほどとそうだったのかと頭が整理できた」といった意見をいただいた。また、新年会とは別の会合でも「あのようなことを書けるのは他にいない」といってくれる人がいた。ありがたいことである。

 そんな、こんなで1月ももう数日で終わってしまう。今年は単行本を出さなければと焦っている。

2019年1月21日

トラックの後ナンバー

 誰かが運転する車には乗せてもらうが、自分で運転することは少ない。平均すると2カ月に1度ぐらいではないだろうか。数カ月間、まったくハンドルを握らないこともある。

 だが今年はすでに2回も運転した。正月2日と、もう1回は地方の取材に車で行ったからだ。取材先はたいてい駅から遠くて不便なところが多い。それでも大きな都市ではバスや市によっては路面電車もある。だが、地方ではバス網も十分ではない。そのため最寄り駅まで電車で行き、駅からはタクシーを利用する。帰りはほとんど車で送っていただくことが多い。

 地方の不便な取材先も1件だけならそれでも良いが、1日2件の取材となると、車で行かないと時間的にうまく回り切れない。そんなことで車で行ったのである。

 運転しているとトラックのカラーや社名などに目が行く。前を走っているトラックの後ろのナンバーも見るようになる。ところが、ほとんどのトラックの後ろのナンバーは見づらい。トラックの場合は、シャーシ(車本体)とボディ(荷物を積む部分)は別発注が普通だ。そのため、ボディによっては後ろのナンバーが構造的に見づらくなってしまうこともあるのだろう。

 だが、おそらく意識的だと思われるのだが、後ろのナンバーに傾斜をつけているトラックがある。後続の車から見ると、垂直ではなく斜めになるので見づらい。

 なぜ、そうするのか。ナンバーを読まれたくないとうことなのだろう。機会があったら、行政やメーカーなどに問題提起したくなってきた。

2019年1月14日

2つの記者会見

 先週1月10日の夜は、どのテレビ局のニュース番組をみてもレスリングの吉田沙保里選手の引退記者会見を報じていた。吉田さんは五輪と世界選手権を合わせて16の金メダルを取っている。レスリングの世界で頂点を極めた人だ。

 だが、どのメダルが1番印象に残っているかという記者の質問に、リオ五輪の銀メダルと答えていた。金メダルではない。最後の試合となったリオ五輪の決勝で負け、唯一の銀メダルとなった。だが、吉田さんは負けた人の気持ちが初めて分かったという。そして競い合う仲間がいたから頑張ってこれたということが分かったのだと答えていた。

 負けて得るものを負けたことで知ることができ、成長につながったとも話していた。長年にわたってレスリングで世界の頂点に立ち続けてきたとはいえ、まだ30代半ばである。立派だなと感心した。これからの人生もきっと素晴らしいものになるだろうと思う。

 同日はもう1つの記者会見もニュース番組で報道されていた。韓国の文在寅大統領である。日韓両国の関係では、やはり元徴用工への賠償をめぐる問題が大きな関心事だ。だが、問題をすり替えて無責任な答弁に終始していた。

 日本であれ韓国であれ民主主義国家なら三権分立は当然だ。一方、同問題は1965年の日韓請求権協定で決着している。たとえ協定の内容に不満足な点があったとしても、国と国が締結した協定は守らなければいけない。これは組織と組織の契約や個人間の約束でも同じだ。

 三権分立と国家間の約束である協定のどちらも尊重するのであれば、賠償金の支払いなど判決の履行は、責任をもって韓国政府が元徴用工と協議して解決すべきだ。元慰安婦の問題も然りである。

 同時に、我われも元慰安婦や元徴用工の心情に、思いをはせる機会にすべきだろう。

2019年1月 7日

仕事スタート

 1月2日にUPされた「個人宅配、1件3分半で荷物を届ける『激務』 ドライバーに負担を強いるのはもう限界」(東洋経済オンライン)の反応が比較的良い。

 裏事情は書かないが、この記事は昨年12月上旬に放送された、あるテレビ番組に真っ向から反論する内容である。結論からいえば、大手ネット通販会社が構築を進めている自前の宅配網は、宅配便ドライバーの過重労働などの負担を、個人事業主である貨物軽自動車運送事業者に転嫁しただけであり、このような安易なビジネスモデルは法的にも成り立たなくなった、というもの。

 当初は昨年末のUPを予定していたが、諸般の事情があって年明け2日になった。暮れの30日まで仕事をしていたが編集部から連絡が来ないので、年明けの校正かなと判断。31日は仕事を休んで、ある所にいくために電車に乗った。電車の中でスマホでメールを開くと、30日の夜遅くに校正のメールが入っていた。そこで急いで降りて、反対方向の電車に乗り換えて事務所に行く。幸い朝早かったので、10時半ぐらいには校正を戻し、少し遅くなったが再び予定していたところに向かった。

 だが、電車の中でプリントしたゲラを読んでいると、重要な個所で間違いを見逃していたことに気づく。それでも、編集部で最終チェックをしてくれるだろうと覚悟を決めた。3日に記事を読むと、やはり、ちゃんと訂正しておいてくれた。

 2日UPなのになぜ3日に読んだのかというと、コメントの大半はUPされてから24時間ぐらいの間に寄せられるからだ。記事と同時にコメントも読むようにしている。それで反応の良し悪しなどが推測できるのである。今回のコメントはほとんどが賛意だった。

 そんなことで、今年は気分よく仕事のスタートが切れた。

2018年12月31日

ゆく年くる年

 月曜日づけでUPしているので、今年最後のコラムが大みそかになった。ゆく年を振り返るのにはちょうど良い。

 今年(2018年)は良い年ではなかった。初めてのことだが結石で病院に行くことがあったし、精神的にも年間を通してスランプだった。だが、それでもレギュラーの仕事はそれなりにこなしてしまう自分の日常がはたして良いのか、という気持ちもある。ルーティン・ワークに対する慣れと安易さへの怖さだ。

 石川啄木の歌に、「事もなく 且つこころよく肥えてゆく わがこのごろの物足らぬかな」(我を愛する歌)というのがあった。啄木がよんだ歌の真意や心裡は分からないが、自分なりの解釈で共感できる気がする。

 実は今年の初め、密にW'ーG'という目標を立てたのだが結果は全くダメだった。何年もフリーで仕事をしてきたので、自分にもそれなりにW'があるのではないかと思えるようになった。だが、それを具体的な仕事に結び付けるのが苦手なのを自覚している。そこでW'をG'に転換する年にしようと思ったのである。たまたま2018年はマルクス生誕200年ということもあり、ヒントを得たのだった。だが、今年1年は目標倒れに終わってしまった。

 そんなことで明日から始まる2019年も、密に(でもないか)「命がけの飛躍」を目標に掲げることにした。

2018年12月24日

良い酒を少しだけ

 今年も残すところわずかで、もうすぐ新年を迎える。普段はほとんど酒を飲まないが、年末年始には付き合いで酒を口にする機会が多くなる。そんなことを考えていたら、久しぶりに懐かしい言葉を思い出した。

 半世紀も前の話だ。地元(茨城県)の高校を卒業して、とりあえず静岡の学校に行くことにした。寮に入るので荷物は発送してあるから、わずかな身の回りのものを小さなカバンに詰めて靴をはいていた時である。母親が背後に正座して、「家を出てこれからは1人で生活をすることになる。まだ未成年だが、付き合いで酒をもむこともあるだろう。それは構わない。だが、安酒をたくさん飲んだりはするなよ。飲むなら良い酒を少しだけ飲むようにしなさい」、といったのである。

 普通だったら「体に気をつけなさい」とか、「ご飯はちゃんと食べるんだよ」などというのではないだろうか。それが、安酒をたくさん飲んだりしないで、良い酒を少しだけ飲むようにしろ、というのだから唐突だ。こちらも若いから「分かった、分かった、分かったよ」といって、せかせかと家を後にしてバス停に急いだのである。

 しかし、時どきその言葉を思い出す。そして何を言わんとしていたのか、と考える。歳を重ねるごとに様ざまな解釈ができるようになってきた。たとえば人との付き合いでも、つまらない知り合いを増やすより、少数でもよいから信頼できる人との付き合いを大事にしろ、と解釈することもできる。あるいは敷衍すれば、社会で生きていくには真贋を見極める眼をもって、贋作をつかまされたりするな、とも受け取れる。

 昨日12月23日は、その母親の命日だった。早いもので亡くなって12年が経つ。生存中に「良い酒を少しだけ」の意味を問うことはしなかったから、永遠に分からない。でも、それで良かったと思う。今年の年末年始は、「良い酒を少し」だけ飲むことにしよう。

2018年12月17日

年の瀬の寒さ

 今年も残すところ2週間になった。つい先日まで夏日を観測する地域もあったほどだが、さすがに最近は冷え込みが厳しくなってきた。

 冷え込みという点では、12月中旬だというのに、昔と比べると年の瀬の熱気のようなものが商店街などから感じられなくなって久しい。昔のことをいってもしょうがないが、12月に入ると街中にはジングルベルの音楽が流れ、なんとなく騒々しく、せわしさを感じたものだ。12月中旬ともなると、夜の繁華街で三角帽子をかぶってクラッカーを鳴らしながら歩く人たちや、電車の中には酔客が多かった。だが、バブル崩壊後はだんだん年の瀬らしい喧騒と慌ただしさが感じられなくなってきた。

 ところが、2012年12月から始まった景気拡大が来年1月まで続くと、「いざなみ景気」(2002年2月~2008年2月の73カ月間)を超えるのだという。「いざなぎ景気」(1965年11月~1970年7月の57カ月間)は、まさに高度成長期で、ほとんどの人が好景気を実感できた。それに対して「いざなみ景気」は「実感なき成長」ともいわれた。では、現在は何と呼べば良いのだろう。ずばり「格差拡大を実感する成長」である。

 といったことで年の瀬の寒さを実感する昨今だ。それもこれも「ボーっと生きている」自分が悪いのかな?

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