2021年9月20日

遠出できない閉塞感

 今年の9月は、昨年と比べると全体的に気温が低いように感じる。だが、雨の日が多く、湿度が高いと過ごしにくい。そのような中でも取材で外出をしなければ仕事にならないので、それなりに出かけている。だが、コロナ禍で遠出はひかえざるを得ないのがつらい。

 取材で人と会って話をするのは楽しいものだ。自分ではあまり考えないが、おそらく取材が好きなのだろう。とはいっても初めての人を訪ねる時などは、けっこう心理的負担がある。これまで会ったことのない人でも、取材の主旨を説明すと比較的容易にアポイントを取ることが出来るのでありがたい。だが逆に、だからこそ取材が怖くなる。上手く話を聞きだせるだろうか、ポイントに深く切り込めるだろうか、その他、諸々の不安が常につきまとう。実際、後になって聞き忘れに気づくことがしばしばあり、いつも反省している。それでも様々な人に取材をするのは楽しいものだ。

 だがこの間、コロナ禍で全国を気ままに歩き回ることが出来ない。先方のことを考えると、遠方の取材はついつい遠慮してしまう。だからコロナ下では関東圏内ぐらいでの取材にならざるを得ない。コロナが終息したら久しぶりに会いたい、といってくれる人が各地にいる。早く気楽に全国各地を巡って取材したいと思う。

2021年9月13日

同時多発テロから20年

 20年前の9月11日、アメリカで同時多発テロが起きた。アメリカン航空11便がニューヨークのワールドトレードセンター・ノースタワーに激突。続いてユナイテッド航空175便がサウスタワーに突っ込んでいった。ノースタワーを映していたニュース番組のテレビカメラが、サウスタワーにユナイテッド機が激突する瞬間をとらえた。日本のテレビのニュース番組でも、高層ビルに向かって突き進んでいく航空機の姿を放送。航空機の激突から間もなくノースタワーが崩壊していく様は、あたかも映画の一シーンのように思えた。

 同時多発テロでは、さらにアメリカン航空77便がバージニア州アーリントンの米国防総省に激突。さらにハイジャックされたユナイテッド航空93便がペンシルベニア州シャンクスヴィルに墜落した。

 当時のブッシュ大統領はアルカイダによるテロと断定。アフガニスタン紛争が勃発した。アメリカ軍はアルカイダの指導者であるオサマビン・ラディンを首謀者として追跡し10年後に殺害した。この紛争で進駐した駐留アメリカ軍が8月末にアフガニスタンから撤退した。アフガニスタン国内ではアメリカ軍が撤退する以前から再びアルカイダが実権を握り、同時多発テロ20年の直前に暫定政権の樹立を発表した。

 20年前にテレビで衝撃的なニュース映像を観ながら、同時に別の思いが頭の中を駆け巡っていた。それは「行けるか、行けないか」、「行くか、止めるか」だった。何事もなければ、同時多発テロが勃発した1週間後にニューヨークに到着する予定だったのである。できれば行きたいが、難しいだろうな、どうすべきかな、とニュースを観ながら逡巡していたのだ。

 だが翌日には、訪問予定だった各企業から「日本から来られても対応できる状況にない」という連絡がエージェントを通して入ってきた。それで中止を決断することができた。また、テロ勃発時に知り合いの一行がニューヨークにいるのを知っていたので、後日、連絡したら帰途につく直前にテロが発生して足止めになり、急遽、宿泊先を確保して何日間か現地に留まったということだった。あれから、もう20年が経った。

 ところでアフガニスタンの在留邦人の帰国や、アフガニスタン人の国外退避支援者の国外脱出はあまり進んでいないようだ。日本政府の脱出支援は失敗といって良い。だが、その責任を野党も追及しているようには見えない。さらに、このような事態をマスコミは独自取材でもっと取り上げるべきなのに、記者会見などでも質問していないようだ。この20年間で、日本の外交はどれだけ変わったのだろうか。

2021年9月 6日

当コラム500回

 2012年1月9日から書き始めた当コラムも、毎週月曜日のUPで1回も欠かさず書き続け、今回で500回目になった。早いもので約9年9カ月が経ったことになる。そこで今回は何を書こうかと考えたのだが、「デジタルの便利さと怖さ」にした。

 取材などで何カ所かを回る予定で、最寄りの多摩モノレールの万願寺駅にいった。Suicaの残金は2000円ぐらいあったが、改札を入る前にチャージしようと券売機にSuicaを入れて現金を入金した。しかし、券売機が故障のようでカードが戻ってこない。ボタンを押して呼び出しをするようにと表示されている。万願寺はほとんどの時間帯が無人なので、「できるだけ早くモノレールで駅員を向かわせるので待ってください」という。だが、上り、下り両方のモノレールが何回か来ているのに、なかなか駅員が来ない。イライラしてまた呼び出しボタンを押して「まだか」といったら、「もう少し待っていただいても良いでしょうか」という。そこで「良いも悪いも待たないわけにはいかないだろう」と少しきつめにいった。

 やっと駅員がきて、券売機からSuicaと現金を出し、違う券売機でもう1度チャージしてくれという。だが、どの券売機でやっても同じ結果になる。結局、Suicaの裏の部分が「擦れてかすれているので読み込めないのだろう」という。残金があるので立川まで行ってJRの駅で見てもらってくれという。そんなことでモノレールに乗るまでに40分以上かかってしまった。JR立川駅では駅員に話す前に試みに券売機でチャージしたら問題なく入金できた。余裕をもって少し早めに家を出たので、ほぼスケジュール通りに行ったから良かったが、ムダな時間を費やした。

 それはともかく万願寺駅で駅員とやり取りしている時に、一瞬、えっ! と驚いた。Suicaの過去の使用データが表示されて、何月何日何時に何々駅でいくら、という一覧が表示されたからである。Suicaに限らずカード類を使えば記録が全部残ることは理屈では分かっている。だが自分が電車やバスに乗降した記録が目の前に一覧で表示されると、改めて恐ろしさを実感した。

 運賃だけでなくコンビニなどでの購入記録、飲食店の支払いなどもカード決済していると記録が残る。さらにパスポート、健康保険証、運転免許証などもマイナンバーで一括され、これらを全部スマフォで行っていると、GPSの軌跡も含めてその人の行動を総てトレースできる。このデータを入手してAIでこれから先の行動パターンを予測すれば、その人とほぼ同じ行動を先行できるようになる。その行動パターンに沿って自然な形で犯罪を組み込めば冤罪をでっちあげることも可能だ。デジタル化は便利な反面、リスクも覚悟して利用しなければならない。

 なお、9月1日からデジタル庁が発足した。その人物がその役職に相応しい経歴なのか否かの判断や、発注業務の不正入札防止ぐらいアナログでもできるだろうと思うのだが…。

2021年8月30日

「夏が過ぎ」を実感

 昔はお盆を過ぎると夏の盛りが過ぎたことを実感したものだ。子供のころの関東地方は、夏でも30℃を超える日はそれほど多くなかった。記憶では30℃を超える日はひと夏に数日ほどだったのではないだろうか。そのうち1、2回は32℃ぐらいになる日があったが、ニュースでは今年の最高気温といっていたものだ。

 そんな昔の子供のころは、お盆を過ぎると同じ暑さでもお盆前とは少し違って感じられた。湿度が低くなって多少は過ごしやすくなってくるからである。また、8月半ばを過ぎると日ごとに朝夕の気温が下がり、日中でも木陰に縁台をだして座っていると微風が清々しく感じられた。徐々に秋が近づいてくると同時に、もうすぐ夏休みが終わって9月1日からは2学期か始まるのか、と思ったものだ。友達に会える楽しみと、また勉強の毎日かという思いが入り混じった複雑な心境になったことを思い出す。

 しかし最近は、9月になっても猛暑の日が続くようになった。少しずつ秋を感じるということがなくなり、夏から一気に初冬という感じになるのが昨今のパターンだ。だが、今年の夏は異常だった。お盆の時期に長雨になって各地に大きな被害をもたらした。そして長雨が終わると再び猛暑が続く。

 まだまだ残暑が厳しい毎日だが、今年の夏も終わったなと実感したのはお盆が過ぎてすぐだった。今夏は長女の方の孫が2人、学童保育などの関係もあって2週間ほど泊まりに来ていた。また、最後の日には長男の方の孫2人も合流して4人が楽しそうに遊んでいた。だが、孫が全員帰って急に静かになった途端、今年の夏も終わったなという思いが湧いてきたのである。

 だが、秋に向かって仕事に精を出さなければならない。コロナ禍にあっても今秋は何かと忙しくなりそうな予感がする。

2021年8月23日

かさむ修理費用

 自動車や機械類などは古くなるほど修理費用がかさんでくる。人間も同じだ。歳をとるごとに医療代が増えてくる。

 先日、昼頃に中腰になって机のまわりで探し物をしていたら、すぅーっと腰の力が抜けたような感覚になった。そして立ったり座ったりするのが難儀になってしまった。痛みはそれほどではないのだが、違和感があって力が入らない。こんなことは初めての経験である。

 翌日の朝はランニング&ウォーキングも止めて、体を動かす時にはゆっくりとした動作で1日を過ごした。3日目の朝に近くの整形外科に行って診察してもらった。レントゲン写真を見たら、腰椎の4番目と5番目の間がズレたようになっていた。シップ剤と痛み止めの薬、それに腰ガードベルトをもらってきた。シップ剤は汗でかぶれるようなら貼らなくても良いし、痛み止めの薬は痛くなければ飲まなくても良い、ということだった。腰ガードベルトも汗をかいたら外してもかまわない。それにあまり腰ガードベルトをしたままだと腹筋力などが弱まるということだった。結局、外出時などにはしないことにした。毎朝のランニング&ウォーキングもしばらくは中止し、気をつけて生活していると、少しずつ良くなってきた。

 おそらく、毎日走ったりしていたので、着地時の衝撃が足から腰に伝わり、そのストレスが腰椎に蓄積して歪ができたのではないか、と自己診断した。思い返せば、足のバランスを崩して少しフラっとするようなことが時々あった。あれは予兆だったのか。

 いずれにしても「故障個所」と「故障状態」が分かれば、対処方法が分かるので心理的には落ち着ける。しばらくの間は、ランニング&ウォーキングは休むことにし、体もゆっくりと気をつけながら動かすことにしよう。

 それにしても、歳をとるほど「修理代」がかかるようになってくる。人間も機械と同じだ。

2021年8月16日

医療体制崩壊

 毎日、毎日、コロナ感染者が増加している。実質的に医療体制は崩壊しているというのが実態だ。

 「人類がコロナに打ち勝った証」のオリンピックを開催し、「安心・安全な大会の実現」で大成功! だったはずだ。しかし現実は医療体制の崩壊である。選手や大会関係者の感染防止に要したエネルギー、動員した医療従事者、費用などを国民の健康と命を守るために注いでいれば、感染状況が変わっていただろう。

 入院は重症患者や重症化リスクの高い人だけにして、それ以外の人は自宅療養をするように、という方針を政府が打ち出した。しかし、世論の批判を受けて解釈が二転三転している。いずれにしても医療体制の崩壊を政府自らが認めたに等しい。

 中等症や軽症の感染者を自宅療養にすれば、感染者が増えれば増えるほど「人流」は減少する! なるほど、前々から「スティホーム」と叫んでいた人がいたが、凡人にもやっとその意図するところが理解できた。同時に、中等症や軽症の感染者は自宅で療養しろというのは、コロナに感染しても「公助」や「共助」に頼るな。「自助」で何とかするのが真の日本国民だ、ということだろう。やはり先見性のある人たちは違う。いずれも国や都のリーダーに相応しい方々だ。

 ところで自民党の総裁選だが、「政治空白をつくってはいけない」、という声が自民党幹部の中から出ている。だが、凡人からすると現在が実質的な「政治空白」のように思える。また、コロナ対策など、誰が総理をやっても難しいのだから総裁・総理を代える必要はない、という意見もあるようだ。コロナ対策などが難しいのは事実だが、総理を他の誰に代わっても今よりはましだと凡人は考える。だが、やはりリッパな先生方の考え方には遠く及ばないようだ。

2021年8月 9日

久々の大阪出張

 関東圏以外に出かけるのは10カ月ぶりぐらいだろうか。久々に大阪を日帰りした。それも前日の午後に「明日の午後なら時間が取れます」と秘書の人から電話が入り、急遽、出張することになったのである。当日の午前中は前々から予定が入っていたので、東京駅から新幹線に乗ったのが12時10分前だった。また、翌日は都内で予定が2件あるので日帰りにし、家に帰ったのは夜遅かった。あわただしい1日だったが、タイトなスケジュールに追われていた方が精神的には充実感があるから不思議だ。だが、体力的には昔のようなわけにはいかない。

 東京駅や新大阪駅の構内、また新幹線の中は、昨年のこの時期に比べると少しは人が多いように感じる。だが、コロナ以前の一昨年の夏休み期間と比べるとずっと人が少ない。新大阪駅から乗ったタクシーの運転手も、「駅で待っていても人が降りてこない」とぼやいていた。帰りも取材先から新大阪駅までタクシーを利用したが、やはり運転手が「夜の客がいなくなったので売上が大きく落ち込んでいる」と嘆いていた。「タクシーは歩合制ですから、私は年金をもらっているから何とかなるが、若い人では食べられませんよ」という。そこで話題はコロナのワクチン接種に関する政府の迷走になった。

 大阪を日帰りした翌日、先の用件を済ませて2件目の会社に行くと、記者会見というのに記者席は間隔を開けて5つしか用意されていない。リアルでの参加希望者は5人だけで、あとはリモート参加なのだという。IR・広報課長が「リモートでも良かったのにわざわざお越しいただいて」というので、「外出するリハビリを兼ねてきました」と答えておいた。それにリモートでは集中できないし、逆に精神的には疲れる。

 外出のリハビリは大げさとしても、大阪まで行くだけなのに何番線だったかな、などとけっこう戸惑ったりした。飛行機には1年半以上乗っていないので、今度、飛行機に乗る時には空港でうろうろするかも知れない。

2021年8月 2日

スポーツの原点と邪心

 最近はテレビを観る時間が減った。多くのチャンネルでオリンピックを放送しているが、これまでのように素直な気持ちで競技を見る気がしないからだ。かといってオリンピック以外の番組を放送しているテレビ局は少ないし、それに観たいと思う番組がほとんどない。

 だが、テレビのニュース番組は観るし、新聞も毎日読むので日本人選手の活躍などは知ることができる。そんな中で先日、スケートボードの女子ストリートで西矢椛選手が13歳10カ月という、日本人では最年少で金メダリストになったというニュースには驚いた。一番、驚いたのは彼女の笑顔である。自分の好きなこと、やりたいことを夢中でやっているという純粋な笑顔だった。スポーツを営利追求の手段にしたり、国威発揚や政権の延命に利用しようといった邪心とは無縁の笑顔である。スポーツの原点を見たような爽やかさを感じた。

 前回、松尾芭蕉の「おもしろうてやがて悲しき鵜舟かな」の句をパクって、「虚しくてやはり悲しき五輪かな」と書いた。日本代表の選手の人たちには申し訳ないが、鵜舟の上でタタキアゲの鵜匠が、「メダルをたくさんくわえて浮き上がっておいで。メダルが1つでも多いほど自分も浮揚できる」とずる賢くほくそ笑んでいるような構図が頭に浮かんできたからである。

 鵜飼を見学して面白がっていた人たちも、一時の宴が終わって岸辺に戻ったら、そこにはパンデミックという現実が待っていた。そんなことにならなければ良いのだが。

2021年7月26日

豪華な聖火リレー

 当方はオリンピック・パラリンピックの開催に反対する「非国民」の1人だが、ともかく「スガリンピック」が開幕した。そこで理想的な聖火リレーのメンバーを考えてみた。

 トップランナーは何と言っても安倍晋三前総理(五輪招致演説における放射能汚染は「アンダーコントロール」発言) → 第2走者は佐野研二郎氏(エンブレム・デザインのパクリ疑惑) → 第3走者は竹田恆和前JOC会長・前東京2020五輪招致委員会理事長(五輪招致に関連する贈賄工作疑惑) → 第4走者は武藤敏郎組織委事務総長(メインスタジアムの国立競技場のデザイン変更に関わる責任) → 第5走者は東京五輪パラリンピック大会組織委員会の森喜朗前会長(女性蔑視発言) → 第6走者はクリエイティブディレクターの佐々木宏氏(女性タレント容姿侮辱) → 第7走者は丸川珠代五輪相(会場での酒類販売検討過程における「ステークホルダーの存在がどうしてもある」発言) → 第8走者は小山田圭吾氏(過去のいじめの自慢話) → 第9走者は小林賢太郎氏(過去のホロコースト揶揄) → そして聖火台に点火する最終走者はこの人しかいない菅義偉総理(ウォールストリート・ジャーナルのインタビューにおける「中止は簡単だが挑戦するのが政治の役割」発言)。このように見てくると実に豪華な顔ぶれだ。

 そうそうオリ・パラの2年延期案に対して1年延期を強く主張したのは安倍前総理だという。さすがにイダイな政治家の先見性は素晴らしい。もう1年延ばしていたら、もっともっと不祥事や醜聞が噴出し、いま以上に世界中の笑いものになるところだった。今後はオリ・パラ開催によって新しいコロナウイルスの変異株(「SG2020株」)が拡散しないことを願うばかりだ。

 おもしろうてやがて悲しき鵜舟かな(松尾芭蕉)
 虚しくてやはり悲しき五輪かな(パクリンピック)

2021年7月19日

政治家の言動に感無量?

 先の東京都議会議員選挙で都民ファーストの会の公認候補として立候補して見事に当選した木下富美子センセイ。選挙期間中に無免許運転で事故を起こしたが投開票日まで隠し通すことに成功。しめしめ上手くいったと思いきや、当選直後にバレてしまった。都民ファーストの会から除名され、「SDGs東京」という1人会派を立ち上げた。

 「SDGs東京」に対しては、「都議会議員としての自分の地位と特権を『持続可能』にする会派」と揶揄する向きもあるようだ。そのように解釈すれば、たしかに政治目的? を的確に簡潔明瞭に表現している会派名と言える。このような会派名を考えられる木下センセイは、本当は自分自身に「素直」で「正直」な人なのかも知れない。だから、賢明な有権者の皆さんからたくさんの票を獲得できたのだ。

 7月14日の菅義偉総理の「陳謝」にも驚いた。自粛に応じないで酒類を提供している飲食店には酒類を販売しないように、という酒類販売事業者への要請を西村康稔経済再生担当相が撤回した。それに関して菅総理が「私からもお詫びしたい」と述べたことだ。テレビのニュースを観ていて、さすがに日本の総理だけのことはあって、器が違うと感銘したのである。

 「私からもお詫びする」というのは、「部下がかってにやった失敗だが、上司である自分からも陳謝する」というニュアンスだ。部下の責任は上司である自分の責任という、上司として「逃げない」リッパな姿勢である。このような上司に恵まれた部下は幸せであろう。そうでしょう? 官僚の皆さん。

 こんなことを書いている自分はというと、感無量でもうこれ以上は書けません。

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