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2012年9月

2012年9月24日

コンプライアンスという品質

 コンプライアンスは、いうまでもなく法令順守である。したがって法令を順守することは当然のことなのだが、現在の日本においてはコンプライアンスが一つの品質になっている。法令違反にもいろいろあるが、様ざまな業種の企業において、とくに著しいのが従業員の待遇面などである。

 15年ほど前に、ロシアなど旧社会主義国の物流企業を訪ねたことがある。趣旨は旧体制が崩壊した要因を物流という側面から探ってみたかったことが一つである。政治体制の崩壊は、基本的には経済のいきづまりが根底にあるという認識のもとに、経済破綻の様ざまな要素の一に物流システムがあるだろう、という問題意識であった。もう一つは、当時の物流の現状を調べたい、という趣旨である。

 ロシアで何社かのトラック運送事業者を訪ねたが、共通して言っていたことの一つに、「当社は給料日にちゃんと給料を支払っている」ということだった。そんなことは当然のことで自慢できる話ではないのだが、当たり前のことができているというだけで、当時のロシアの運送事業者は「優良企業」だったことになる。これには苦笑するしかなかった。

 ところがひるがえってみると、日本のトラック運送業界でも法定福利費を支払っていない事業者が多い。最近は多少は改善されつつあるが、それでも社会保険などに入っていない事業者が依然として少なくない。これからは若い人が減少していく。労働集約型の産業で若い労働力を確保できなければ企業の将来が危ぶまれる。

 このようなことから、優良な荷主企業では取引事業者の見直しを進めつつある。自社の物流を安定的に維持するためには、コンプライアンスを軽視するような事業者に委託しておくことはできない。従業員の確保すらできなくなってくることが予想されるからだ。そこでコンプライアンスなどに問題のない事業者に、荷主企業から話が来るようになってきた。

 法令順守は当然のことなのだが、それが品質の一つに位置づけられるようになってきたのである。最近、数人の経営者から同じような話を聞いた。コンプライアンスは品質なのである。

2012年9月17日

物流学会と故長峰太郎さん

 先週は13日~15日に神戸市の流通科学大学で日本物流学会が開かれた。14日の午後から参加したのだが、今年の会場である流通科学大学の校内を歩きながら、故長峰太郎教授を偲んだ。

 長峰さんには、彼が日通総研にいたころからお世話になっていた。その長峰さんが流通科学大学に移ったのは1991年4月である。なぜ覚えているかといえば、その半年前に、ニッチ戦略で成功しているアメリカの中小陸運事業者を一緒に視察する予定だったのだが、大学側からの誘いがあって、その手続きなどと日程が重なったために長峰さんが行けなくなった、という経緯があったからだ。

 その後も、長峰さんとはパネルディスカッションをしたり、その他にも様ざまな思い出がある。なかでも記憶に残っているのは、これも奇しくもアメリカにまつわるのだが、ピッツバーグからロサンゼルス経由で帰国する途中、ロスで時間があったのでどうしようかとなった。長峰さんが、まだ行ったことがないのでマリナ・デル・レイに行こうと言うので、一緒に散策したことである。

 だが、それから1年数カ月後に若くして亡くなられてしまった。ご存命だったら、今回の学会の主催校なので、笑顔を振りまきながら尽力されたことだろう。そんなことを思いながら各発表を聞いていた。

 ところで、いつも思うのだが「物流学」という学問があるのだろうか? 浅学な小生には分からない。ロジスティクにしろ3PLにしろ、明確な定義がないまま言葉だけが独り歩きして議論されている、という発言もあった。全くその通りと思う。

 もちろん収穫もあった。あるテーマの本を出版したいと、長年にわたって構想しながらまだ実現していないのだが、その切り口の一つのヒントを得ることができたからである。何とか来年には出版にまで持ち込みたいと考えている。

2012年9月10日

時は流れる

 仕事の関係で、以前に16年間ほど住んでいた近くに行った。昼食時だったので、近所だった蕎麦屋に寄った。

 蕎麦屋のおじさんや、おばさんには、むかし子供たちが小さかったころ子供会などでお世話になった。12年ぶりぐらいだが、お2人とも元気だった。しかし、おじさんは腰がかなり曲がっていて、見た目にも仕事がきつそうである。おばさんの話では、おじさんも80歳になるので、来年は店を閉めようと考えているのだという。

 夏祭りには各町内会ごとに子供神輿が出る。小生のいた町内会には神輿と山車があり、多くの子供たちがかついだり引いたりしたものだった。しかし、その蕎麦屋の班(町内会の中の班)には、いまは小学生の子供が1人もいないという。かつての子供たちはみんな成人し、東京などに出て行ってしまった人たちが多い。そこで近所でも高齢の夫婦2人だけの世帯が増えているという話だった。

 この蕎麦屋は商店街からは離れた所にあるのだが、商店街でも商売をやめてしまった店が多く、閑散としている。それだけ客がいないということである。おばさんが言うには、客も減り、高齢になってきたので、いつまでも商売を続けているわけにもいかないので、けじめをつけるということのようだ。

 全国どこに行っても、地方の疲弊は著しい。小泉政権当時の新自由主義政策が原因であるかのように言う人たちもいるが、それだけではないと思う。日本という国全体の構造的な問題なのである。

 なにごとにも永遠というものはない。隆盛もあれば衰退もある。日本はいわば日の沈む国なのである。ところが、政治にしろ何にしろ、日が沈むのを少しでも遅らせようという方策に必死になっている。

 何人といえども日が沈むことを止めることはできない。だが、日は再び昇る。だから明日が素晴らしい日になるようにするにはどうすべきかを、いま我われは考えなければならないのである。そして、日の出が少しでも早くなるように努力すべきなのだ。

 ハッキリしているのは、時は確実に流れていく、ということである。

2012年9月 3日

中型免許

 トラック運送業界や関連業界の大きな課題の一つに「中型免許」がある。しかし、一般の人で自動車運転免許に中型免許があるのをご存じの方は少ないのではないだろうか。免許制度の改正で中型免許が施行になったのは5年前の07年6月からだ。

 従来は普通免許で最大積載量5t、車両総重量8t、乗車定員11人まで運転することができた(それ以上は大型免許)。ところが中型免許ができてからは、普通免許で運転できるのは最大積載量3t、車両総重量5t、乗車定員10人までとなり、受験資格は18歳以上である。新設の中型免許で運転できるのは最大積載量3t以上6.5t未満、車両総重量5t以上11t未満、乗車定員11人~29人で、受験資格は20歳以上(経験2年以上)である。それ以上が大型免許となり、受験資格は21歳以上(経験3年以上)である。なお、制度改正前の普通免許取得者は「限定中型免許」として最大積載量5t、車両総重量8t、11人まで運転することができる。

 トラックの2t車でも、車両総重量などの関係で普通免許で運転できる車両は少ない。ほとんどの2t車は中型免許が必要である。そこで07年6月以後に運転免許を取った人は、高校を卒業して就職しても、すぐに乗れるトラックが非常に少ない。20歳になって中型免許を取らなければほとんどのトラックには乗務することができないのである。このようなことから、トラック運送業界では普通免許で運転できる範囲を拡大するように、と関係方面に要望している。

 ところが、高校の就職担当の教諭なども同じような要望をしていることを最近知った。運送以外の業種の会社に就職した卒業生でも、仕事で会社の自家用トラックを運転するようなことがある。運送に関係のない会社では、経営者や管理者が中型免許を知らない人も少なくない。そのため高卒新入社で普通免許しか持っていない社員に中型免許でなければ運転できない車両に乗務させたりすることがあるというのだ。あるいは自動車整備などの会社では、整備する車両を引き取りにいったり、納車にいくことがあるが、普通免許では運転できない車がある。

 このようなことから、中型免許ができて以降の求人に変化がみられるというのだ。もちろん、変化の理由を中型免許と特定することはできないが、一因だろうと推測できるような変化が感じられるという。このようなことから、高校の就職担当の教諭なども、文部科学省を通して中型免許の見直しを関係省庁に要望している。

 意外なところに、共通する課題を抱えている人たちがいるものだ。人材を送り出す側と、人材を受け入れる側の連携も可能だ。

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