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2013年6月

2013年6月24日

五月晴はさつきか、ごがつか

 梅雨時なので、うっとおしい毎日が続く。若いころから、この時期はあまり体調が良くない。どこがどう悪いというのではないが、何となく気怠いのである。これは自分だけではなく、雨や曇天が続けば誰でもそうなのではないだろうか。ともかく1年のうちで一番いやな季節である。

 関東地方が梅雨入りした模様と、気象庁が発表した当初は、天気の良い日が続いた。そこで、梅雨入りしたけど、もう梅雨明けしたんじゃないか、などと冗談をいっていた。だが、本格的な梅雨に入って、毎日すぐれない天気が続いている。

 空梅雨で降雨量があまりにも少ないと農作物の生育などに良くない。その結果、野菜が不作で価格が上昇したりすると家計に影響する。ちなみに、野菜の価格が高騰するとドレッシングなども売れなくなる。逆に、納豆の販売量(消費量)が増える。物流の取材をしていると、こんな雑学だけは自然と身についてくる。

 また、梅雨時に雨が少なすぎると、地方によっては夏に水不足になり、給水制限などという事態にもなりかねない。そうかといって豪雨で被害がでたりしても困る。降るべき時に適度に降るのが一番良いのだが、人間の力ではコントロールできないのがもどかしい。

 ところで「五月晴」という言葉がある。広辞苑によれば(以下は広辞苑などを参考にした)、①梅雨の晴れ間、②5月の空の晴れわたること、となっている。五月(さつき)は旧暦の5月なので、ちょうど梅雨時である。そこで梅雨時に雨や曇天が続く合間に、つかの間、さっと太陽の光が射し込むような様を五月晴と言ったらしい。しかし現在では、5月の連休ごろの快晴を表現する言葉にもなっている。

 いまは5月を一般に「さつき」とはいわず、「ごがつ」という。そこで同じ「五月晴」でも「ごがつ晴」と「さつき晴」と読み分け(使い分け)たらどうだろうか。うっとおしい気分が続くと、仕事に集中できないので、こんなつまらないことばかり考えてしまう。

 梅雨時とは限らず、なにかと杞憂が多いご時世だが、ときには五月(さつき)晴のように、何か明るい出来事が起きないものだろうか。

2013年6月17日

列島縦断

 そう言えば、「旅七日 かへり来ぬれば わが窓の赤きインクの染みもなつかし」(石川啄木)という短歌があったなぁ~。自宅に帰る途中で、ふっと、啄木の歌が頭に浮かんできたのである。

 先週は月曜日と火曜日が札幌で、水曜日は東京だったものの、木曜日から土曜日までは仙台、福岡、佐賀と1週間で北海道から九州まで縦断したことになる。そして、行く先ざきで幾人もの人にお会いした。とくに仙台では、全国から集まったので、一度にたくさんの人とお会いできた。1週間でお会いした人たちは初対面の人、久しぶりの人、けっこう会う機会が多い人とそれぞれである。だが、みなさんから歓迎していただき、楽しかった。

 当方にとっては、人的ネットワークが唯一といっても過言ではないほどの「経営資源」である。そして、さりげない雑談の中にも貴重な情報の破片がたくさん含まれている。それらの断片を手掛かりに、いかに価値ある情報に仕立てて行くかが、いわば自分の仕事なのである。

 それにしても日本列島は長い。北海道に行っていた時は、道内で30℃を超えた地域もあった。また、沖縄が梅雨明けしたようだ、という発表もこの間にあった。その一方では、北陸や東北南部、東北北部は、まだ梅雨入りが未発表である。

 石川啄木の歌集は何度も読んでいるが、それ以上のことを調べたりはしていない。したがって啄木が冒頭の歌をよんだ時に、どのような旅をしたのかは知らない。もし、一カ所にとどまらず汽車などを乗り継いで移動したと仮定しても、当時、7日間でどのくらいの地方を周れただろうか? そんなことを考えるのも楽しい。

 また将来、リニア新幹線が日本列島の主要な都市を結ぶようになったら、旅行やビジネスがどのように変わるのだろうか? よりコンパクトで多機能化した通信手段を携えて、超高速で移動しながら旅や仕事をする。そういう社会の出現が人間の幸せにつながるのなら良いのだが...。

2013年6月10日

自立した個の集団

 サッカー日本代表がオーストラリア戦で引き分けて、5大会連続のワールドカップ出場を決めた。テレビ中継を観ていたが、昔と比べると隔世の感がある。30年ぐらい前まではW杯といっても海外ニュースの一つに過ぎないような感覚だった。それが20年ぐらい前にはアジア予選を突破してW杯に出場することが具体的な目標になった。だが現在では、W杯出場が決まってもやっとスタートラインに立てたという感じで、ベスト8やベスト4が現実的な目標になっている。日本のサッカーのレベルも向上したものだ。

 W杯出場を決めた翌日、監督、選手が出席して開かれた記者会見をテレビのニュースで観た。その中で、同点PKを決めた本田圭祐選手が、日本の強みはチームワークだが、最後は個で試合を決することがほとんどなので、どのようにして自立した選手になるように個を高められるかが重要だ、といった主旨の発言をした。本田選手が言わんとすることは、自分なりに理解できる気がする。

 これは日本の企業やその他の組織にも当てはまるのではないだろうか。これまではチームワークの力だけで戦ってこれた。組織のトップやリーダー的な立場の人たちにとっても、そのような社員(構成員)は扱いやすい。終身雇用や年功序列もそのような土壌の上で成り立っていたのではないだろうか。だが、好むと好まざるとに関わらずグローバル化が進んでくると、チームワークの力だけでは通用しなくなってくる。自立した個で構成される組織でないと勝ち残れないのである。

 ともかく本田選手から発せられた「チームワーク」や「個」や「自立」といった言葉を聞いて、新鮮さと懐かしさの両方を同時に覚えた。昔むかしの話になるが、依存関係史論などに多少だが触れたことがあった。自分にとって、自立した個によって構成されるアソシエーションは、若いころの理想であり憧れだったからだ。しかも、それは過去完了ではない。いまでも自分の精神世界で追い求めている永遠の夢である。

2013年6月 3日

アピールの方法

 前回は、全日本トラック協会と都道府県トラック協会が開いた「燃料価格高騰経営危機突破全国総決起大会」について、「少なくとも自分が知る範囲ではテレビも新聞も決起大会のニュースを流さなかった(確認していない媒体で報じているかも知れないが)」と書いた。

 後日、報道状況をチェックしている人に確認したところ、放送したテレビ局もあったという。ただし、自分が見ていない時間帯のニュースだった。これも前回書いたが、メインの時間帯のニュースでは、株価暴落のニュースに時間を割いたので放送できなかったようだ。また、新聞も主要な全国紙は報道したという。自分が読んでいる新聞では気づかなかったので、版が違ったのかも知れない。引用した文脈から分かる通り、このようなことを想定した書き方をしておいたので間違いではない。だが、確認が不十分だったことは否めない、と反省する。

 話しは16年前にさかのぼるが、1997年9月19日にロシアのサンクトペテルブルクに本社がある大手物流会社を訪ねた時のことである。同社のゼネラルマネージャー代理の人が、夕方から同業者の会合があって、トラック・ストライキの打ち合わせをするという話をしてくれた。この企業は陸海空の国際物流と国内輸送をしているが、ストライキの理由は国際トラック輸送の問題だった。

 簡単に記すと、①国産トラックは性能が低いので外国のトラックを購入すると関税が高い、②国内の法人税率が高い、③国土が広大なので外国のトラックが通関を経ないで荷物を運んでくる、④国内の荷主も帰り荷として関税を通さない外国のトラックに運ばせている、⑤真面目な事業者は通関に時間がかかり闇ルートのトラックの方が輸送時間が短縮できる、など公平・公正な競争が阻害されている。そこで関税委員会と話し合い、解決策が見いだせなければ、6000台のトラックを動員してモスクワの環状道路の通行をストップさせるのだという。

 日本の場合にはトラック・ストライキは難しいとしても、トラック・デモならできないことはないだろう。日常業務に支障のない範囲でトラックを動員する。トラックにはスローガンを書いた幕をはり、政令指定都市の道路を「法定速度」で走行する。論理矛盾だが、法定速度を厳守する「順法走行」だけで道路が渋滞するはずだ。そうすればテレビや新聞も大きく報道するだろう。

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