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2014年6月 2日

風化と慣れ

 先週は岩手県の花巻温泉に行ってきた。その近くでは一関、水沢江刺、北上、盛岡には行っているが、新花巻の駅に降りたのは今回が初めてだ。仕事が終わって花巻温泉に一泊したのだが、朝の3時半ごろに眼が覚めた。そこで大浴場に行ってみたら、さすがにこの時間では誰も入浴していない。広い浴場をゆったり、のんびり独り占めできた。おかげで部屋に帰り、3時間ほどぐっすり眠れた。

 今回のセミナーには陸前高田の会社のある社長も出席してくれた。同社を取材で訪ねたのは2007年12月だったから、お会いするのは約6年半ぶりである。この間、東日本大震災があった。社長の自宅は被害にあったが、会社は無事だったと間接的には聞いていた。そこで、ご本人に確認すると、自宅は浸水したが、会社は40㎝の差で助かったという。

 自分の記憶では、道路があって会社の事務所があって、その向こう側が川だった。津波が川を遡上してくれば被害に遭う可能性が高い。しかし、川の途中の橋に瓦礫が詰まったために津波が左右に分散され、その分、橋の上流に遡上する水の量がセーブされたので、僅かの差で社屋は助かった。車両も何台かダメになったが、車なら買えばよい。だが、2人の従業員が亡くなられた。そこで、亡くなられた従業員の残された子供たちは、できるだけ面倒を見るようにしているそうだ。子供たちが高校を卒業するまでは、面倒をみるつもりだという。

 そんなことで7月ぐらいに再び訪ねて取材することになった。大船渡線は気仙沼までしか復旧していないので、気仙沼まで車で迎えに来てくれるという。

 東日本大震災も、時間の経過とともに遠い記憶として風化しつつある。そのような中で自分にできることは、会社の被害の状況や、その後の事業復興のための努力、現状と今後などについて、継続的に取材して報告することぐらいだ。この間も、気仙沼市、東松島市、岩沼市などで被災した事業者を断続的に採りあげてきた。

 風化は自然で止むを得ない面があることは否定できない。だが、社長によると反対に「慣れ」も恐ろしいという。最初のうちはボランティアの人たちが手伝ってくれるのをありがたく感じていた。しかし復旧、復興が長引いてくると、ボランティアの人たちが手伝ってくれるのが当たり前のような感覚になってくるというのだ。風化も慣れも恐ろしい。

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