うしろ姿
高倉健さんが亡くなられた。尊敬の念を込めて「健さん」と呼ばせていただく。ずっと昔のことになるが、健さんに一度だけお会いしたことがある。もちろん、その時には写真を撮らせていただいた。
健さんの映画をそんなに沢山観たわけではないが、印象に残る映画の一番は「鉄道員(ぽっぽや)」、二番目が「あなたへ」、第三が「幸福の黄色いハンカチ」といった順である。全体的に、健さんが高齢になってからの映画の方が、自分は好きである。だが、健さんの魅力を上手く表現することはできない。貧困なボキャブラリーでは的確な語彙が見つからないからだ。ただ言えることは、うしろ姿が魅力的だということである。台詞がなくても、うしろ姿だけで人生を語っているかのように感じた。自分はそれを日本的な男のロマンチシズムと勝手に解釈している。
日本人には北を指向する人と南を指向する人がいるという話を聞いたことがある。北か南かということなら、健さんは南の太陽よりも北の大地が似合う俳優だったように思う。寒風にさらされながら雪原に黙って佇んでいる方が、南国の日差しを浴びた解放的な姿よりも「画」になるのではないだろうか。
そんな健さんにお会いしたのは約20年前である。自分がこれまでにお世話になってきた中の一人に作家の加奈山径さんがいる。加奈山さんが『兎の復讐』(甲陽書房)で第13回(1993年度)日本文芸大賞現代小説賞を受賞した時、高倉健さんも『あなたに褒められたくて』(集英社)で日本文芸大賞エッセイ賞を受賞された。加奈山さんにお誘いをうけた受賞祝賀パーティーの会場で、やはり受賞者である健さんをご紹介いただいたのである。
初対面のあいさつをして名刺を渡したら、健さんも「高倉です」と言って名刺を出したのには驚いた。有名な俳優を知らない人はいない。だが、自ら名乗って名刺までだしてあいさつをしてくれたのである。著名人にありがちな尊大な態度は微塵もない。謙虚な人柄を強く感じた。健さんから物流について問われ、それに答える形で会話をしたのを覚えている。その時の健さんは、スクリーンの中の朴訥な健さんそのものだった。
高倉健さんの逝去のニュースに接して脳裏に浮かんだのは、スクリーンの中で夕日に向かって黙って遠ざかって行くうしろ姿のラストシーンだった。報道などから推測するに、小田剛一さんは、最後の最後まで「俳優高倉健」を見事に演じきったのだなと思った。ご冥福をお祈りします。
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