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2015年3月

2015年3月30日

春の宵

 桜前線が少しずつ北上してきた。首都圏では、日中はコートがいらない。まだ朝夕は少し寒いが、それでも真冬の鋭さはなく、なんとなく春めいた気分になってくる。

 むかし茨城県から新宿に通っていたころ、毎日、日暮里駅で電車を乗り換えていた。帰りは山手線から常磐線に乗り継ぐので、照明があまり明るくない常磐線のホームに立って短時間だが電車を待つ。そんな時、ちょうど今ごろの春めいたかすかな夜風を頬に感じると、このまま夜汽車に乗って当てもない旅に出たい、と思ったものだ。

 むかしは上野や新宿、東京駅から夜遅く出発する長距離の鈍行列車があった。夜汽車という言葉からは、そのような深夜に走る鈍行の長距離列車が頭に浮かぶ。金はないが時間はある若者が旅をするにはちょうど良い乗り物だった。だが、そのような列車はなくなり、同時に、夜汽車などという表現も古臭くなってしまった。

 夜行寝台列車いわゆるブルートレインもだんだんと廃止されてきた。また、北に向かう列車の発着駅だった上野も、最近では通過駅になってきた。夜汽車というと上野駅から乗って、というイメージが強いが、夜汽車は遠くなりにけりである。

 40年以上も前になるが、東京駅から東海道線の鈍行列車に乗り、車窓から気にいった風景がみえたらその駅で下車し、周辺をぶらぶらして次の鈍行列車に乗る。真夜中に鈍行列車の終着駅に着いたら、駅のホームの待合所で眠り、翌朝の始発の鈍行列車に乗るというふうにして、四国の松山の友人に会いに行ったことがある。本州から四国には宇高連絡船で渡った。

 その鈍行列車の旅では大垣駅のホームでも1泊している。20日ほど前に大垣市に行ったが、現在の駅には過日の面影さえ感じられない。もし夜中にホームに寝ていたら、おそらく不審者として扱われてしまうだろう。ひょっとすると、徘徊老人として警察に保護されてしまうか?

     あてもなく 旅に発ちたき 春の宵

2015年3月23日

新ストロー現象

 先週は北陸の福井市や小松市、能美市を周った。開通したばかりの新幹線でとも考えたが、混んでいるかも知れないと勝手に思い込み、羽田空港~小松空港を往復とも飛行機にした。だが現地で、すでに新幹線を利用して東京に出張したという社長に聞くと、「平日は空いている」とのことだった。ネットなどで見ても、新幹線は空いているらしい。

 開通初日のテレビ・ニュースなどから推測すると、開通当初は平日でも観光客がけっこう利用しているのではないかと思っていたのだが、そうではないらしい。だが、これから連休や観光シーズンになると、団体客などで混むだろうと思われる。もっとも、過去の経験からすると旅行代理店などがツアーを企画するのも1年や2年間で、その後は平常にもどってしまうことが予想される。ブームが去った後も継続的に観光客を呼び込むためには、観光地としてのポテンシャルは当然だが、さらに何らかの仕掛けが必要になる。そうでないと新幹線開通による活況は一時の夢になってしまう可能性がある。

 その後は逆に、地元の若者などは中央志向で首都圏に吸い寄せられてしまう。地元に住んでいたとしても、首都圏に買物や遊びが日帰りで可能になる。またビジネス面でも、従来は北陸に支店や営業所をおいていた企業が拠点を撤退し、首都圏からの日帰り出張に切りかえることが考えられる。日帰りできない仕事の場合でも、地元に事務所を置くよりは宿泊出張にした方がコストが安い。

 これは新幹線の延伸による、いわゆるストロー現象だ。ところが北陸新幹線の場合には、従来のケースとは違った、新たなストロー現象も予想される。これまで北陸は関西経済圏だった。しかし、今度は首都圏との結びつきが一そう強まる。人的交流が活発になることはもとより、経済的にも首都圏との関係が強固になる。つまり、北陸は関西経済圏から首都経済圏にシフトしてしまう。

 このように北陸新幹線の開通によるストロー現象は、北陸が首都圏に吸い込まれるというだけではなく、関西経済圏だったエリアの一部が首都圏に吸い取られてしまうという新たなストロー現象が起きる可能性がある。そこに追い打ちをかけるのが、東京~名古屋間のリニア新幹線だ。そのころには大阪府は大阪都になっているのかな?

2015年3月16日

「お疲れさまぁ~」

 数人の学生が授業の話などをしながら少し前を歩いている。交差点に来ると、帰る方向が違うようでそのうちの1人が別方向に分かれた。その時の別れの挨拶が、みんな揃って「お疲れ」だった。まだ午後の遅くない時間である。若い学生が、そんなに疲れるのか? それとも心身ともにくたくたになるぐらい授業に集中して勉強していたのか? もし、そうなら大したものである。

 少し古い話になるが、中堅規模の物流企業の社長を取材で訪ねた時のことである。午前10時からの約束なので10分程度早く行った。受けつけのインターフォンで来意を告げると、「お待ちしていました。すぐうかがいます」と言って、総務の女性社員がエントランスまで降りて来て、役員室のあるフロアまでエレベータで行き、社長室までの廊下を先導してくれた。

 その途中で別の女性社員とすれ違った。その人は当方には「いらっしゃいませ」と挨拶したのだが、女性社員同士は「お疲れさま」と言葉を交わした。おそらく2人は、その日、まだ顔を合わせていなかったのだろう。だが、まだ午前10時前である。その時間で疲れているとすると、ひねくれ者の当方としては、なんと人使いの荒い会社だと解釈してしまう。最近ではブラック企業などと言われかねない。

 携帯電話で話をしながら道を歩いている人が多い。すぐ前を歩いていた若いサラリーマンが、会社に連絡の電話を掛けた。おそらく同僚が電話に出たのだろうと思われる。なんと第一声が「お疲れぇ~」であった。

 ずっと昔、1日の仕事が終わって上司が「お先」と言って先に退社する時に、部下が「ご苦労さま」と応じるのはおかしい。その逆の場合で上司が部下に言うのだったらかまわないが、部下から上司には「お疲れさまでした」だろう、と聞いたことがある。たしかにそうだと思った。だが、最近は何にもかもが「お疲れさま」である。取材を終えて訪問先を後にする時、「お邪魔しました」と社員の人たちに言うと、やはりみんな揃って「お疲れさまでした」である。そんな時は「疲れてないよ」と心の中で呟く。

 日本にはもっと様ざまな言葉があり、それぞれのシチュエーションにふさわしい表現があるはずだ。言葉も安易な画一化が進んでいるのだろうか。こんなことを考えながら書いていたら、本当に疲れてきたので、この辺で「お疲れさまぁ~」。

2015年3月 9日

企業文化

 ある上場企業の社長を取材した。応接室に入ると生花が活けてあった。素敵だなと思って、案内してくれた秘書課の女性に「社内で活けたのでしょう」と尋ねたら、「〇〇さんが毎週月曜日に活けています」という。そこで写真を撮らせてもらうことにした。

 この花を活けた〇〇さんは、ずっと以前から知っていたので、そうではないかと思ったが念のため確認したのである。この会社では華道や茶道の同好会があり、毎月、外部から先生を招いて指導を受けていた。その稽古風景を取材したことがあったからだ。同好会の中心的な人が〇〇さんだった。いまは同好会はないそうだが、応接室の花をずっと活けているという。素人目で僭越だが、見た瞬間に当時より上手になっていると感じた。

 取材の時は約束の時間よりも5分から10分ぐらい早く行って待つようにしている。社長室や応接室は、ある意味では情報の宝庫と言えるからだ。僅かな時間であっても、そこに飾られている絵画や書、焼き物などを観察する。そうすると、とくに中小企業のオーナー社長の場合、経営者としてではなく、個人としての素顔がみえることもある。

 自分で書や絵を描いたりする趣味の経営者もいて、中には自分の作品を飾っていたりする。たとえば本人が描いた絵なら、プライベートな1人の人間としての心裡や心境などが読み取れる。その感想を述べたら、その通りだと答えた社長もいた。ある経営者(上場企業)のケースでは、自分で書かれた書だろうと思って訊ねたらそうだと言うので、ひょっとして過去に大病をした当時に書かれたのではないかと聞いたら、やはりそうだった。素人なので専門的な眼はないが、直感したものをそのまま相手にぶつけると意外に当るものだ。

 経営者ではなくても、社員の人たちのサークルなどを取材すると、その企業の文化のようなものが観えてくる。実際に取材したことがあるのは、スポーツ系ではサッカーや軟式野球、9人制バレー、剣道、ボーリングなど。文化系では先ほどの華道や茶道、ロックバンド、マンドリン同好会、英会話サークル、その他である。音楽系では、老人ホームなどの慰問を定期的に行っているようなケースもあった。

 いずれも中小の物流企業(中堅規模もある)である。仕事オンリーではなく、企業文化をもった会社の方が、社員の表情も違うように感じる。

2015年3月 2日

三温四寒

 2月は28日しかないので、やはり1カ月が早く感じる。とくに月末の28日が土曜日だったこともあって、何かと気忙しく過ぎてしまった。当初は28日から1泊で地方に出かける予定が入っていたのだが、事情があって中止になった。そのため原稿締切などの面では1日分の時間を確保できる結果となり助かった。

 2月の中旬以降から、関東では雨の日が多くなった。北海道や東北地方などでは雪という地方もある。それにしても三寒四温とはよく言ったものだ。寒い日と温かい日を繰り返しながら、少しずつ温かくなってくる。最近は晴れた日の日中などコートが要らないような日もあり、春間近を感じさせる。

 3月は年度末である。同時に3月が決算月という企業が多い。3月が決算の企業では、3月末を待たなくても、もう概算では決算結果がほぼ分かっているはずだ。利益が増えた企業もあるだろうし、利益減あるいは赤字決算という企業もあるだろう。株高や円安の恩恵にあずかっている企業では、好決算が見込まれる。反対に円安による原価高騰や、内需の冷え込みなどの影響を受ける企業では、利益減や赤字という会社もある。

 トラック運送業界では、燃料である軽油価格が下がる傾向にあったので、それで何とか一息ついたという企業も少なくない。しかし、最近になって軽油価格が再び上昇気味になってきた。今後の軽油価格の推移によっては、経営内容が悪化する事業者もでてくるものと思われる。これら運送業に限らず、全体的に中小企業の業績は厳しいようだ。廃業などの話もしばしば聞くようになってきた。

 どうも最近の日本経済をみていると企業間格差が拡大し、個人間でも貧富の格差が拡がっているように感じる。企業数で言えば利益増の会社が少なく、利益減の会社の方が増えているのではないだろうか。すると三益四損あるいは三黒四赤となる。個人でも株高などで利益を得ている人が少数いる一方で、実質収入が減少している人が多数いる。これは三楽四苦あるいは三富四貧である。

 ところで自分本人はというと、良い日も少しはあるが、悪い日がたくさんあるといった状況だ。三良四悪である。したがって懐具合は三温四寒であり、このような状態がずっと続くことをジリ貧という。希望のもてる本当の春が来ることを願う今日この頃である。

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