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2015年5月

2015年5月25日

プラス1法案

 孫が2人いるが小さな子供は可愛いものだ。上の孫は女の子で8月に4歳になる。口も達者になってきた。下の孫は男の子で6月に1歳の誕生日がくる。這い這いも上手になり、もうすぐ立って歩くようになるだろう。この子たちが大きくなるころ、日本や世界はどのようになっているのだろうか...。

 最近、ずっと昔に読んだことのある「戦争絶滅請合法案」を思い出した。ジャーナリストで評論家でもある長谷川如是閑の著作集に収録されていたと記憶している。図書館で借りて読んだので手元に著書はない。そこで少し調べたら、どうも勘違いしていたようだ。長谷川如是閑のオリジナルと思いこんでいたのだが、フリッツ・ホルムというデンマークの陸軍大将が考えたのを、長谷川如是閑が日本に紹介したのだという(検証はしていない)。いずれにしても要旨は以下のようである。

 戦争行為の開始あるいは宣戦布告の後、10時間以内に次に該当する者を最下級の兵卒として招集し、できるだけ早く最前線に送って実戦に従わせる。①国家元首(君主や大統領)の男子、②国家元首の親族の男子で16歳以上の者、③総理大臣および各国務大臣ならびに次官、④立法府の男性議員(ただし戦争に反対の投票をした者を除く)、⑤各宗教の僧正、管長、高僧などで戦争に公然と反対しなかった者。これらの該当者は戦争継続中は兵卒として招集され、年齢や健康状態を斟酌しない(ただし健康状態は召集後に軍医官の検査を受けさせる)。さらに、これら有資格者の妻、娘、姉妹などは、戦争継続中は看護婦や使役婦として招集し、最も砲火に接近した野戦病院に勤務させるべき。

 ざっと以上のような概要である。ずっと昔に読んだ時には、なかなか機知に富んだ風刺だと苦笑いしたり感心したものだった。しかし、最近はこのような法律が実際に必要ではないかと感じるようになってきた。

 「戦争法案」という表現は「レッテル貼り」になるそうだから、「安保関連法案」と呼ぶことにするが、関連法案を一括審議するというなら、もう1つ「戦争絶滅請合法案」もプラスして一括採択したらどうか。戦争抑止策としてこれほどの「歯止め」はないし、「積極的平和主義」に基づいて戦争はしないのだからプラス1法案も良いのではないだろうか。

2015年5月18日

オムニチャネル

 最近、オムニチャネルという言葉を聞くようになった。自分なりの解釈では、従来のマルチチャネルが様ざまなチャネルを使って消費者に商品を訴求するのに対して、オムニチャネルは消費者がたくさんのチャネルから都合の良いチャネルを選択して購入できるようにする、ということだろう。

 そもそもはバーチャル店舗のアマゾンに対抗するために、リアル店舗のウォールマートが数年前に打ち出したようだが、日本ではセブン&アイHDやイオンなどがオムニチャネル化を進めるようになったことで知られるようになってきた。

 このようにオムニチャネルはリアル店舗が急伸するバーチャル店舗に対抗するための販売戦略である。購入方法では、たとえば店頭で商品をみて選ぶ、あるいは店頭で試着するが、実際の注文はネットでするといったように多様になる。また、店頭で購入しても商品を持ち帰らず、宅配や宅配ボックス、近所のどこか(自宅の近くのコンビニや最寄駅など)で受け取るようにするとか、購入者にとっては利便性が増すことになる。

 このようなリアル店舗のオムニチャネル化に対抗するため、ネット通販などのバーチャル店舗側でもリアル店舗に進出したり、パイロット店を出店したり、といった動きが始まっている。また、商品の引き渡しも宅配だけではなく、宅配ボックスだったり、購入者が指定したどこか(同前)で受け取れるようになってきている。逆オムニチャネル化である。

 このようにオムニチャネルでは、リアル店舗とバーチャル店舗の販売手法が接近し、また購入者に商品を引き渡すラスト・ワン・マイルも同じようになりつつある。それにともなってラスト・ワン・マイルが多様化して複雑になっており、最適なラスト・ワン・マイルの構築はオムニチャネル化の成否を左右するといっても過言ではない。オムニチャネルでは物流が極めて重要なのである。

 そこでオムニチャネルにおけるラスト・ワン・マイルについて本格的に取材を進めようと、この間、準備をしてきた。これから実際の取材に着手するのだが、かなり大がかりな取材になるだろう。ところが取材の準備をする中で、オムニチャネルの先には、さらに特殊日本的な大きなテーマがあることに気づいた。オムニチャネル物流を上梓したら、引き続き、その先のテーマも追いかけたい。これから忙しくなりそうだ。

2015年5月11日

なぜ酒の安売り規制

 今年の大型連休は全国的におおむね好天に恵まれた。1カ月ほど前には真冬並みの日もあったのに、連休中は夏のような日が続いた。連休明けも平年を上回る気温の日が多い。これから半年間はクールビズで過ごせる。仕事帰りには軽くビールでも、という季節の到来である。

 まっすぐ帰宅して晩酌という人も多いかと思うが、与党では今国会での成立を目指して、酒の安売りを規制する法案を準備しているようだ。報道などによると、規制案では「公正な取引の基準」を財務相が定めて、それに従わないと販売免許の取り消しもできるようにするらしい。

 ところで酒の安売りが法律違反なのだろうか? 仕入原価を割り込むような不当廉売で、健全な競争を阻害しているというなら独禁法で取り締まれば良い。そもそも原価を割り込むような安売りを続けていたら倒産してしまう。安く販売しても経営が成り立つということは、仕入原価を安くしたり、販売経費を低く押さえたりして、消費者に廉価で販売できるような努力をしているからだ。

 消費者利益のための創意・工夫を促進するのが規制緩和であり(新規参入の距離基準は2001年1月、人口基準は2006年9月に廃止)、その努力が競争である。つまり、販売価格の設定が競争なのではなく、販売価格は競争の結果なのだ。

 酒税法では酒類によって税率を決めている。この酒税は、酒類製造者(メーカー)は製造場から移出した酒類について、酒類取引者(輸入販売)は保税地域から引き取った酒類について納める。いわゆる蔵出し税であり、小売業の仕入原価には酒税が含まれているから、酒税を誤魔化してその分を安く売っているわけではない。違法ではないのに安売りを規制することは消費者から安く買う機会を奪うことになる。

 酒屋さんの業界団体である全国小売酒販組合中央会は、2012年7月に民事再生法を申請した。負債は、年金掛金返還債務が約140億円、借入金が約10億円の計約150億円である。このようなことから判断すると、酒の安売り規制は、酒屋さんたちの年金掛金返還債務を実質的には消費者に転嫁するためではないか、と思えてくる。ちなみに自分は酒はほとんど飲まない。

2015年5月 4日

小説が現実に

 5月3日は憲法記念日。今年は敗戦70年ということもあって、マスコミ各社は改憲の是非や憲法9条などについて世論調査を行っている。

 改憲論者の中には、改憲の理由として占領下で押しつけられた憲法なので、自主的な憲法にすべきだ、と主張する人たちもいる。だが、そのような人たちほど外交、防衛政策などにおいてアメリカ追従の傾向がみられるのだから、なんとも皮肉なものだ。

 1カ月半ほど前に、赤川次郎さんの『さすらい』(角川文庫)を読んだ。書店で目に入ったので、時間つぶしに読もうと思い、軽い気持ちで購入しただけである。ところが、読んで行くうちに、時間つぶしどころか、恐ろしさを感じてきた。この小説に書かれているような社会に、日本が少しずつ近づいていると実感しているからだ。

 読まれた方もいるだろうが要約すると、日本は独裁者が支配する国になっている。愛国的な小説を書くように強要された作家がそれを拒否し、国を追われて海外で逃亡生活をしている。政府は海外にまで刺客を送り、本人だけでなく娘や孫の命までも狙う。一方、国内ではマスコミが御用機関になってしまった。権力に都合の悪いことは一切、報道されない。それどころか、心あるジャーナリストには「交通事故」が待っている。

 このように、メッセージ性の強い小説である。解説を読んで驚いたのは、この小説が最初、雑誌『小説新潮』の2002年11月号から2004年4月号にかけて連載され、2004年5月に単行本化されたということである。いまから10年以上も前に書かれたのである。それが現在、この小説が描いたような社会に日本が進みつつあることを実感する。さらに、日本がこのままの路線を進んで行くと、フィクションとして書かれたものが近い将来にはノンフィクションになっている可能性がある。優れた作家の洞察力はすごい。残念ながらそのころ『さすらい』は禁書になっているだろう。

 ところで、これは「物流コラム」だったので付言しておく。つまり近い将来には、言葉の本来の意味でロジスティクス(兵站)が重要になってくる、ということである。

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