« 2015年6月 | トップページ | 2015年8月 »

2015年7月

2015年7月27日

「出張宿泊難民」再考

 6月29日の「出張宿泊難民」で、出張の際に宿泊するホテルのネット予約が取りづらくなっている、と書いた。その理由は、外国人観光客が増えているからである。需給関係からディスカウントもなくなり宿泊料金が徐じょに値上がりしている。そんなことを書いたのだが、ことはそれほど単純ではないらしいのだ。

 外国人観光客の増加で、全国的に宿泊施設の稼働率が上昇し、予約が取れにくくなっているのは事実である。そこまではこの前に書いた内容で間違いないのだが、理由はそれだけではないという。予約が取りづらくなっている状況に便乗して稼いでいる者がいるために、予約が一そう難しくなっているということらしい。

 聞いたところによると、ホテルや旅館などのネット予約を利用して、多数の部屋を連続して押さえてしまうのだという。もちろん自分が宿泊するためではない。宿泊予約を「転売」するのが目的である。マージンを取って予約を転売して稼ぐという便乗商法のようだ。

 ネット予約で事前に部屋をたくさん押さえておいて、キャンセル料が発生する直前までに転売できなければキャンセルすれば良い。ネットなら、予約もキャンセルもクリックするだけ。対面はもちろん、電話などで直接会話をするわけでもない。だから無感情で平然と行えるのである。

 ネット通販による物品購入でも、欲しい商品をまず注文しておいて、他のサイトで同じ商品がもっと安く売られているかどうかを探す。より安く売られていれば注文し、先のサイトはクリックひとつでキャンセルする。これなど当たり前の購買行動といえる。

 なかにはレアな商品などを全部押さえてしまい、ネットオークションで売れれば転売するし、一定の期限までに転売できなければキャンセルする。ホテルや旅館の宿泊予約の「転売」も、これと全く同じ仕組みだ。ネット社会ならではの「商売」である。

 このような「商売」をセコイ小銭稼ぎとみるか、それとも商才があるとみるか。いずれにしても銭は握った者の勝ち。貧乏人がとやかく言っても、負け犬の遠吠えに過ぎない、と言われてしまうだろう。

2015年7月20日

組織統制と個人

 取材先で面白い話を聞いた。最近の20代、30代では家にパソコンがない人が増えていて、家にPCが一番ある世代は40代、50代というのだ。若い人たちがPCを持たないのは、スマートフォンでたいていの事が足りてしまうからである。通信費も少なくてすむ。

 60代や70代では、70代はPCができない人の割合が多く、60代はできる人とできない人に2分されるのではないだろうか。回線電話やガラケイが連絡手段である。このような面からも20~30代、40~50代、60歳以上と20年単位で世代の特徴の一端が分かる。

 「安保関連法」が衆議院で強硬に採決された日、同法に反対する人たちの集会やデモの様子などがテレビや新聞で伝えられた。テレビのニュースを見ていると、反対行動に参加している人たちは、主観的かもしれないが60代以上の人たちと20代、30代の人たちが多いように感じる。報道によると、若い人たちはラインやツイッター、フェイスブックなどを通して反対行動に参加しているようだ。

 SNSで反対集会などを知って集まってくる若い人たちは、組織動員されているのではない。自主的に判断し、自覚的に反対の意思を行動として表明している。自らの判断に基づいて行動できるのは素晴らしい。

 それに対して与党内には、自分たちと異なる意見は排除しろという意見がある。マスコミなどに圧力をかけろという言論弾圧である。ところがその与党内で、テレビへの出演を止めさせたり、新聞などの取材に応じないようにといった組織統制が取られているという。言論弾圧すらほのめかす当人たちが、与党内では自分の言論や表現を規制されているのだから、こんな皮肉なことはない。

 与党内でも、もっと多様な考え方や意見があると思うのだが、現政権に対する異論が聞こえてこないのだから不思議だ。わが身を守るための「自主規制」がセンセイ方に働いているのだろう、と推測するしかない。

 スマフォでコミュニケーションを取り、誰かに強制されるのではなく、自分の頭で考えて自主的に反対行動に参加する。スマフォ世代の方が与党のセンセイ方より健全ではないか。その健全さが政権にとっては危険だと、18歳以上が投票する最初の選挙の結果次第では、SNSに対する規制強化法案が出てくる可能性も考えられる。

2015年7月13日

「ゆう活」雑感

 政府が「ゆう活」を推奨している。詳しくは政府広報オンラインに出ているが、日照時間の長い夏には、朝早くから仕事をはじめ、その分、仕事の終わりも早めるというもの。まだ明るい夕方の時間を有効に活用し、家族と過ごす時間を増やしたり趣味の時間に充てるなど、生活を豊かにするのが「ゆう活」と説明している。

 簡単にいえばサマータイム制導入の奨めである。それに呼応するように、三菱自動車が通常は8時45分~17時45分になっている田町本社の勤務時間を、7月13日~9月30日の間は8時15分~17時15分にすると発表した。

 初めてサマータイムなるものを実感したのは4半世紀も前のことである。たまたまヨーロッパに滞在中に、夏時間と冬時間が切り替った。言葉としては知っていたが、自分の腕時計を調整するという具体的な体験をした。

 10年ほど前に、北海道のある会社の社長を取材した。往きは最寄り駅からタクシーだったが、帰りは駅まで総務部長が車で送ってくれた。車中の雑談で、「社長が我われに聞こえるように『我が社もサマータイムを導入したら云々』と呟くんですが、誰も聞こえない振りをしている」という。

 仕事がら毎日遅くまで仕事をしている。サマータイムで朝早く出社するようになって、その分、早く帰れるなら良いが、終業時間はおそらく今と同じで、結局、労働時間が長くなるだけ。「それが社長の狙いだろうと誰もが考えているので、雑談でも話にはのらない」のだという。

 そこで、「おたくの社長はそんな甘くはないでしょう。まず夏に終業時間は同じで出社時間を早め、次に冬になったら『夏の間は早く出社できたのに、冬はなぜ早く出社できないのだ』といって、年間を通した労働時間の延長を目論んでいるんじゃないですか」といったら、総務部長が「さすがですね。我われ以上にうちの社長を良くご存知で」というので大笑いしたことがあった。

 現場の従業員はともかく、管理職や事務職、営業などでは、労働時間の把握などきわめて曖昧だ。それにホワイトカラーエグゼンプションという問題もある。「ゆう活」も悪いとはいわないが、中小企業の実態を踏まえて日本人の働き方を抜本的に考え直すことの方が重要である。

2015年7月 6日

ジェネリック再考

 1カ月前に「摂生か薬か」(6月8日)と題して書いた。長年にわたって定期的に健診してもらっている医師に、薬をジェネリックにしてくれと言ったら、あからさまに嫌な顔をされた、といった内容である。

 数日前に定期健診で行った。次回の予約日時を決めた後で、今回もジェネリックと言ったところ、「薬の処方だけなら診療所でもできるので、総合病院に来ることはありません。次回までに診断書を書いておきますので、次回以降は最寄りの診療所に行くようにしてください」と言われた。

 再診は予約制なので待たされることはほとんどない。だが診察といっても、その後どうですかと尋ねて、あとは血液や尿検査の結果を見て薬を処方するだけ。診察時間はほんの数分である。しかし、同じ数分なら、医師としては薬代を取れる方が生産性が高いことになる。ジェネリックでは単位時間当たりの売上が大幅ダウンになってしまう。

 当方は、医師も大変だなと同情するとともに、これが日本の医療制度の実態か、と覚めた眼でみる。しかし、総合病院に来る必要はないから診療所に行きなさいと言われたら、気の弱い人は医師から見放されたと受け止めるかもしれない。

 アメリカの国内事情でTPP交渉は当初の予定より遅れているようだ。しかし、いずれはTPPが発足し日本も加盟するだろう。そうなると、経済面だけではなく社会全体が今以上にアメリカン・スタンダード化されるのではないかと推測している。医療や保険制度なども例外ではない。

 アメリカの医療保険制度は複雑なようだが、どうも自由診療の考え方が基本になっているのではないかと思う。一方、日本でも国民皆保険制度が衰退し、自由診療が幅を利かすようになってくる可能性がある。病院や医師も、保険診療よりも金になる自由診療の患者を優先するようになるだろう。その方が生産性が高い(儲けが大きい)からだ。そうなると貧富の差に関わらず誰でも病人になるが、金持ちでないと患者にはなれない。

 ジェネリックから、とんでもない方向に思考が飛躍してしまった。医師の前でこんなことを話すと、あなたは妄想癖があるのでそちらの薬も出しておきましょう、となりそうだ。その時は、ジェネリックでお願いしますと言うことにしよう。

« 2015年6月 | トップページ | 2015年8月 »