社長役を好演
森健著「小倉昌男 祈りと経営」(小学館)を読んだ。小倉さんご自身の著書も何冊かあり、ロングセラーになっている。また、経営者としての小倉さんについて書かれた本は多い。しかし、同著はこれらの「小倉論」とは異なる。「祈りと経営」というタイトルに象徴されるように、小倉さん個人の内面に切り込んだ好著である。
生前の小倉さんには、記者会見のような場でお会いするだけではなく、単独インタビューもしている。また、取材とは別に講演のお願いなどにうかがったことも何度かあった。それらの関心事はすべて経営者としての小倉さんだった。
一般にはあまり知られていないが、「宅急便」よりも前にCtoCの小口貨物にチャレンジした会社はあった。だが、時期尚早(ライフスタイルなど市場が未成熟)だったことや、同社固有の事情などから撤退し、小口の個人物流には誰も成功していなかったことは事実だ。その宅配便という未知の分野に挑戦して市場を切り拓くことは、同時に規制に対する戦い=行政との闘いでもあった。また、宅急便を成功させるには社内における闘い(2度にわたるリストラクチャリングで、最初は宅急便を始めるよりも前、2度目は相談役から会長に戻った時期)もあった。そのような内容については自分も過去に何度か書いている。
それに対して森氏の著書は、小倉さんが内面で精神的に戦っていたものは何だったのかを、著者の視点から解き明かそうという試みで、いわく、伝説の経営者が残していた謎がすべて解けた、と謳っている。「小倉本」をすべて読んでいるわけではないが、従来にはない側面から小倉さんの心のうちに迫った好著である。
自分は、経営者としての小倉さんしか関心がなかったが、個人的なことに関してもそれとなく耳に入ってくることはあった。同著を読んで、あの時の話はやはりそうだったのかと思い出したり、おぼろげにしか知らなかったことが実際はそうだったのかと思ったり、あるいはまったく知らなかったことを初めて知ったりすることができた。
だが、それでも自分としては経営者としての小倉さんと個人としての小倉さんのギャップが埋まらない。いろいろなことを思い出していたら、「小倉門下の優等生」とも称される4人の経営者の中のある方が、ある時に自分に語った一言にカギがあったことを思い出した。その人は「社長という役柄を完ぺきに演じきれるのが優れた経営者」と話していた。
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