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2016年8月

2016年8月29日

シェアリング

 8月27日の朝日新聞(朝刊)によると、東京メトロ有楽町線で貨物列車を走らせる計画を検討しているという。専用の貨物列車にヤマト運輸、日本郵便、佐川急便の宅配便の荷物を車両基地で載せ、都心の駅で下して宅配便事業者が配達するという構想だ。

 実用化されれば、道路混雑などに影響されず時間的に安定的に運ぶことができ、都心部への車両流入の抑制やCO2排出量の削減、ドライバー不足への対応などにもなる。だが、実用化までには鉄道事業法などの法的な面や、地下鉄駅の構造上(作業上)の問題などがある。そのような諸課題を明らかにするため、今秋には有楽町、銀座一丁目、新富町の3駅で実験をする予定という。

 最近はシェアリング・エコノミーが注目されるようになってきた。それに伴ってシェアリング・ビジネスも生まれてきている。大都市圏などで身近なシェアリング・サービスとしてはカー・シェアリングが代表的であろう。また、実際に多くの人が体験しているのが航空会社間の共同運行だ。航空機という資材をキャリア間でシェアリングすることで経済効率、経営効率を上げている。

 さらに最近は、路線バスで宅配便の荷物を運ぶケースも出てきた。とくに地方では路線バスの採算性が低い。そこでバスの車体の一部に貨物を積めるようなスペースを設け、貨客を同時に運ぶことで採算性を向上する。一方、宅配便会社ではその区間のトラック輸送をなくすことができるというわけだ。地下鉄で宅配便の荷物を運ぶ試みは、レール・シェアリングと言える。

 乗用車のシェアリング・ビジネスとしてはウーバーが有名だ。タクシーを利用したい客と、同乗して運んでも構わないという普通の乗用車(運転者)をマッチングするものだが、日本では白タクになるので法的に認められていない。だが、物流の分野では貨物版ウーバーともいえるサービスが始まっている。主にスポットの荷物を運んでもらいたい荷主と、提携している運送会社(個人事業主の軽トラック事業者も含む)のトラックをマッチングするシステムである。

 今後、日本は人口減少が進み、それにともなって国内市場が縮小していく。すると限られた人的ならびに物的資源を有効に活かすことが必要だ。その方策の1つがシェアリングである。

2016年8月22日

酷暑見舞い

 あいかわらず暑い日が続いている。さすがに8月も半ばを過ぎると、朝夕は感じが多少違ってくるが、それでも日中の暑さは異常だ。最高気温が40℃に近いような地域すらある。

 自分の生まれ育ちは茨城県の田舎だが、子供のころは32℃、33℃といったら、この夏最高という感じだった。大人も子供も「さすがに暑いはずだ」と異口同音に言ったものだ。それがこのごろでは35℃以上と聞いてもさほど驚かなくなってしまった。当時と比べると最近は最高気温が5度ぐらい高くなっていると思う。

 小学生時代の夏休みは、曇天でもたいてい近くの小川で泳いで過ごした。さすがに雨の日は体が濡れてしまうので泳がなかったが!? 畑からスイカや瓜、トマトなどを持って行って、流されないようにして川の中に入れておき、おやつ代わりに食べたものだ。川の水はきれいではなかったが、泳いでいて口に入っても平気だった。おそらく今なら腹の調子がおかしくなってしまうに違いない。

 それにしても温暖化の進行はどこまで続くのだろう。短期的な集中豪雨の頻発なども含めて、このままいくと、いずれは関東や東北地方まで熱帯地域のようになってしまう。子供たちは夏休みに家の庭に生えているヤシの木からヤシの実をとり、喉が乾いたら飲むなどといったことになるかもしれない。

 2012年8月6日の『温暖化』でも書いたが、いずれは北海道が経済活動その他で日本の中心になることも考えられる。5、6年前になるかと思うが、10人ほどで北海道の物流インフラなどを視察をしたことがある。その時、石狩湾新港で整地された土地をみて、「温暖化が進むとこの辺が日本の経済の中心になるから、今から土地を買っておいたら」といったら、ある社長が「それまで会社が存続しているかどうかの方が問題だよ」といったので、みんなで笑ったことがあった。

 それはともかく、残暑見舞いならぬ、酷暑お見舞い申し上げます。

2016年8月15日

時間差報道

 むかしバレーボールに「時間差攻撃」というのがあった。トスをアタッカーがスパイクするだけでは、相手にブロックされてしまう。そこでスパイクすると見せかけて相手ブロックのタイミングを外し、別のアタッカーがスパイクするというもの。ネットで調べたら1972年のミュンヘンオリンピックに向けて日本の男子チームが考案したようだ。当時は男女とも日本のバレーは世界のトップクラスにあった。その後、技術や戦術が発展し、現在ではコンビネーションバレーになっている。

 リオデジャネイロで開催されているオリンピックでの、日本人選手の活躍が連日報道されている。日本からみるとブラジルは地球の裏側なので、日本とリオでは時差がちょうど12時間。昼と夜が反対で、日本の方が半日早い。したがって日本の深夜から朝にかけて競技が行われてることになる。

 寝ないで起きていればライブで競技を観ることができるが、それほど熱心ではない。しかし、朝から午前中ぐらいには、仕事の合間にネットで日本人選手の結果を知ることができる。さらに、夜はテレビで興味ある競技の録画放送を観る。すでに結果は分かっているのでハラハラ、ドキドキ感は少ないが、それでも動画で観ていると思わず力が入るものだ。

 そして1夜開けて翌朝になると、同じ結果を新聞でみることになる。朝刊しか取っていないので、最初のうちは、あれ! と思ったものだ。朝刊に載っているのが一昨日の出来事のような違和感があったからだ。2、3日すると慣れてきて、深夜から早朝に行われた競技の結果を午前中にネットで知り、夜はテレビで録画を動画で観て、翌朝に新聞で読む、というサイクルが定着してきた。これは時差が12時間だからであろう。たとえば6時間の時差では、新聞の原稿締め切り時間の関係で、このようなサイクルにはならない。

 「時間差報道」に慣れてくると、活字伝達→テレビなど電波放送→インターネット通信という媒体の歴史を遡っていることに気づいた。そしてネット、テレビ(ラジオ)、活字媒体(新聞、雑誌、単行本)といった、それぞれの特徴と役割の違いを認識したうえでの住み分けを考えれば、活字媒体も生き残れるなと確信を深めるのである。

2016年8月 8日

アナログネイティブ

 スマホネイティブと呼ばれる世代があるようだ。正式な定義は知らないが、昨年(2015年)3月に大学を卒業した人たちが高校1年生の時、日本で初めてiPhoneが発売になったので、それ以降の世代を指すらしい。それ以前はデジタルネイティブとも言われる。

 スマホネイティブの弊害も云々されている。PCが得意だろうと思いきや、そうではないらしい。スマホはタッチパネルなので、マウスの使い方が分からなかったり、キーボード入力が苦手らしい。もっとも若い人たちは覚えが早いので、すぐに上手になるだろう。

 先々月ぐらいから、ウィルスバスターの契約期間が7月末で切れるから契約更新するように、というメールが盛んに来るようになった。今年に入ってからPCを買い換えたばかりなので(買い換えたいきさつは3月21日の「タダは高額」)、おかしいと思って調べてみると契約期限はまだ先だ。そこでメールは来るたびに消去していた。

 今月に入ってからもメールが来たので、ひょっとしたらスマホのウィルスバスターかも知れないと確認したらそうだった。更新しないわけにはいかないので、いろいろ操作していくのだが、説明が良く理解できない。それでもやっと契約更新まで行って、支払い方法になった。クレジット払いなどにして、後でヤバイことになったら大変なので、コンビニ店頭での支払いにした。するとバーコードが表れて、そのバーコードを指定のコンビニで読み込んでもらって支払うようにとのことである。

 スマホを切って、コンビニに行ったのだがバーコードの画面が出てこない。店員さんに聞いても分からないという。そこで近くのdocomoショップに行ったら、やはりダメだった。しかし、机と椅子がたくさんあり、座ってどうぞというのでいろいろ操作していたらバーコードの画面が出てきた。要領が分かったので、すぐにコンビニに行き、やっと支払いができた。

 それにしても、アナログネイティブには生きづらい世の中になったものだ。こんな下手な操作しかできないのに、画面上でクレジット支払いなどは禁物と改めて思った次第である。

2016年8月 1日

狂気の沙汰

 深夜に障害者施設を襲って19人も殺害するという事件が起きた。重軽傷者も多数である。亡くなられた人たちのご冥福をお祈りするとともに、ご遺族、被害に遭われた方がたとご家族の皆さまにはお見舞い申し上げます。

 犯行は7月26日の2時半過ぎに行われたようだが、その2日前の24日午後に、事件現場の津久井やまゆり園の近くを通っていた。車を運転して国道20号線を相模湖の方から高尾方面に抜けたのである。そんなこともあって、報道で事件を知った時には身近なところで起きた大惨事なので驚いた。

 ニュースをみていて、あまりの残忍さに正気の沙汰とは思えなかった。容疑者は違法薬物を常習していたとも報じられているが、とても正常な精神状態ではないだろう。まさに狂気の沙汰である。だが、それゆえに責任を負える精神状態ではなかった、などという結果になったとしたら、それこそ大変だ。

 犯行時の精神状態が正常だったか異常だったかは別として、容疑者には障害者に対する差別意識が根底にあったものと思われる。この事件に限らず、また差別の対象の如何に関わらず、最近は他者を差別したり蔑視するような風潮が世界的に強まっているような気がする。民族や人種に対する差別、自分の信じる宗教以外を邪教とするような意識、これらは世界中で頻発しているテロにも根底では通じている。

 他者に対する差別は自己の優位性意識が前提になるが、それは心理的には劣等感の裏返しでもある。優越感と劣等感はコインの表裏の関係のようなものだ。そして差別心理が極限にまで達すると、ナチスの「優生政策」の肯定にもつながってくる。さらに自分の国家の優位性といった段階にまで自己意識が高じてしまうと、他国を支配下に置いても良いといった思想になってしまう。

 今回の津久井やまゆり園の事件は、世界的な危険な風潮の反映でもあるような気がしてならない。

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