時間差報道
むかしバレーボールに「時間差攻撃」というのがあった。トスをアタッカーがスパイクするだけでは、相手にブロックされてしまう。そこでスパイクすると見せかけて相手ブロックのタイミングを外し、別のアタッカーがスパイクするというもの。ネットで調べたら1972年のミュンヘンオリンピックに向けて日本の男子チームが考案したようだ。当時は男女とも日本のバレーは世界のトップクラスにあった。その後、技術や戦術が発展し、現在ではコンビネーションバレーになっている。
リオデジャネイロで開催されているオリンピックでの、日本人選手の活躍が連日報道されている。日本からみるとブラジルは地球の裏側なので、日本とリオでは時差がちょうど12時間。昼と夜が反対で、日本の方が半日早い。したがって日本の深夜から朝にかけて競技が行われてることになる。
寝ないで起きていればライブで競技を観ることができるが、それほど熱心ではない。しかし、朝から午前中ぐらいには、仕事の合間にネットで日本人選手の結果を知ることができる。さらに、夜はテレビで興味ある競技の録画放送を観る。すでに結果は分かっているのでハラハラ、ドキドキ感は少ないが、それでも動画で観ていると思わず力が入るものだ。
そして1夜開けて翌朝になると、同じ結果を新聞でみることになる。朝刊しか取っていないので、最初のうちは、あれ! と思ったものだ。朝刊に載っているのが一昨日の出来事のような違和感があったからだ。2、3日すると慣れてきて、深夜から早朝に行われた競技の結果を午前中にネットで知り、夜はテレビで録画を動画で観て、翌朝に新聞で読む、というサイクルが定着してきた。これは時差が12時間だからであろう。たとえば6時間の時差では、新聞の原稿締め切り時間の関係で、このようなサイクルにはならない。
「時間差報道」に慣れてくると、活字伝達→テレビなど電波放送→インターネット通信という媒体の歴史を遡っていることに気づいた。そしてネット、テレビ(ラジオ)、活字媒体(新聞、雑誌、単行本)といった、それぞれの特徴と役割の違いを認識したうえでの住み分けを考えれば、活字媒体も生き残れるなと確信を深めるのである。
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