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2016年9月

2016年9月26日

ラブ&ピース

 グループアイズというクリエーターのグループが主催する作品展に行った。グループアイズは1988年にグラフィックデザイナーやイラストレーターなど10数人で結成し、毎年1回「Love & Peace展」と題する展覧会を開催している。今回で29回目を迎えた。

 今回の出品者は18人だが、そのうちの2人のデザイナーが仕事などの関係で知り合いだ。そんなこともあって案内状をいただいたので顔出しをしたという次第である。

 そのうちの1人は、20年以上の長きにわたってデザインなどをお願いしていたのだが、2年前に郷里の長野県に居を移した。現在は「晴耕雨読、自給自足の生活」をしながら、後任に経営を譲ったデザイン事務所が忙しい時には仕事を手伝うという羨ましいご身分である。長野に引っ越す前の一昨年10月上旬に赤坂で食事をして以来なので、ほぼ2年ぶりの再会だった。

 会場であるスペース・ゼロギャラリーの近くの居酒屋で久しぶりに2時間ほど話をしたが、作品展に行ったのもそれが目的のようなもの。お互いに元気なことを確認できたのは良かった。だが確実に2年の歳月が流れ、お互いにそれだけ歳をとったことは否定できない。

 また、この2年間に日本は政治の右傾化や財政的な危機、格差などが進行してきた。日本全体が子供や孫の世代に、大きな禍根を残すような方向に向かっている。そんな危機意識から、今年の「Love & Peace展」のテーマは「描いてみた 日本国憲法前文」だった。

 出品者はグラフィックデザイナー、イラストレーター、陶芸家その他、多彩な表現者で、それぞれ専門分野の作品を展示した。したがって作品のジャンルも水彩画、パステル画、イラスト、ポスター、風刺画、絵本、陶芸、能面、染色など多岐にわたっている。

 現在のようなご時世に、日本国憲法前文をそれぞれのジャンルで表現しようという意欲と勇気には敬意を表する。だが、このテーマをビジュアルに表現するのはなかなか難しいな、というのも率直な感想だった。

2016年9月19日

でるわ、でるわ

 でるわ、でるわ、よく次から次と、いろいろ出てくるものだ。小池百合子都知事が築地市場から豊洲新市場への移転を延期したと思ったら、今度は全部盛り土してあることになっていたのに、盛り土していない部分があることが分かった。誰が、いつ、そのように決めたのか、決定の経緯と責任の所在を解明しなければならない。さらに、コンクリートで囲った地下空洞の床には水が溜まっていて、安全面などから水の成分の科学的な分析が重要になってきた。

 盛り土を提言したのは専門家会議だが、あくまで提言なので、その内容に従わなければならないということはない。提言も参考にしながら、どのように決めるかは行政側の裁量である。だが、なぜ地下空洞の設計案を採用したのか、その決定理由と決定過程を明らかにしなければならない。報道によれば、技術会議にも詳しい説明がなかったようだ。さらに問題なのは、すべて盛り土したかのように公表していた点である。これは明らかな誤魔化しと言わざるを得ない。なにか後ろめたいことがあるので、事実を公表できなかったと勘ぐられても仕方ないだろう。

 それにしても、先の都知事選で自民党や公明党の推薦・支持を受けた増田寛也氏が当選していたら、こんな問題は発生していなかっただろうと思う。「西部戦線異状なし」ならぬ「豊洲市場異常なし」としてスケジュール通りにことが運んでいたのではないだろうか。だから小池氏は推薦せずに、増田氏を推薦して当選させたかった、という政治勢力がいたのではないかと邪推している。

 ずっと昔に都政は伏魔殿という言葉を聞いた。ごく最近もこの問題に関連して石原慎太郎元知事が伏魔殿と言っていたので、あなたが言うかと唖然とした。都政は伏魔殿といわれると、あたかも都職員が問題であるかのように聞こえるが、そうではない。一部の政治屋と一部の都職員が絡んだ構造的なものである。

 こんな例えをしてはドラえもんに失礼かも知れないが、ドラえもんのポケットのように、伏魔殿のゴミ箱からは次から次と腐敗物が限りなく出てくるような感じだ。

2016年9月12日

北国

 今年は北海道の各地で大雨による被害が出ている。なかでも驚いたのは9月6日に利尻島で50年に1度の大雨となり、稚内市でも観測史上最多の降水量になったことだ。というのは、その前日の5日夕方に、稚内空港から千歳経由で羽田に帰ったばかりだったからである。市街地などに水があふれている映像にはびっくりした。

 9月1日がさっぽろ芸文館、2日は北海道商科大学で日本物流学会の全国大会があった。翌3日の午前中は札幌市内で2人の社長と会い、昼から特急サロベツで稚内に向かった。6時間近い列車の旅である。名寄を過ぎたあたりから、あれっ、と思った。窓からぼんやり景色を観ていたのだが、茶色がかった葉っぱが少し目に入ったからだ。さらに北上し音威子府あたりになると、その割合が増えてきて、秋が近づいてくるのを感じた。

 4日は日曜日なので、稚内フェリーターミナルから利尻島の鴛泊港に行って4時間ほど見学し、鴛泊港から礼文島の香深港に行ってやはり3時間ほど島内を回って稚内に帰る計画を立てた。ところが利尻島に着くと激しい雨で、ターミナルから1歩も出られそうにない。そこで、すぐに出港するフェリーで礼文島に行くことにした。礼文島は小雨だったのでタクシーで島内を少し見学し、早めに稚内のホテルに戻って、翌日の取材の準備をした。

 5日の午前中は市内の運送会社を取材。帰りの飛行機は17時30発なのでその間、市内を回ることにした。ノシャップ岬からは利尻富士(利尻山)をかすかに見ることができた。できれば宗谷岬にも行きたかったのだが、バスの時間の関係で断念した。宗谷岬には間宮林蔵の銅像があるはず。間宮林蔵は同郷の偉人で、旧伊奈町(現つくばみらい市)には墓(専称寺)や記念館がある。今度来た時には必ず宗谷岬にまで足を延ばすことにしようと思った。

 それにしても氷雪の門や北防波堤ドームなどには、この地で生きてきた人たちの歴史が感じられた。中央アーケード通りはシャッターの下りている店も多かったが、店名などロシア語が併記してあり、最北の街を実感した。

2016年9月 5日

夢が当たる

 探偵小説を買って読んでいたら驚いた。謎を解くカギの1つに五言絶句が出てきたのだが、あれ、これは最近どこかで読んだ気がするなと思った。よく考えてみたら、数日前に夢でみた五言絶句だったのだ。

 ただ「転」の句の1文字だけが夢とは違っていた。夢なのになぜそんなに詳しく覚えているかというと、その1文字だけがどうもおかしいと疑問をもち、ひょっとすると、この文字をこう解釈させれば筋が通るのかな、と思ったところで目が覚めたからである。探偵小説に出てきた五言絶句では、その文字がちゃんとなっていて、素直に読んでやはりそうだよな、それなら意味が通ると納得した。

 このように時どき夢でみたことが現実になるので恐ろしい。昔からのことである。ある時など親しい人がけがをした夢を見たら、ケガではなかったのだが入院して簡単な手術をしていた。あるいは、何かおかしな夢を見たので、後日、本人に確認したらケガをして入院していたということもあった。

 このように夢が当たった経験はいくつもあるのだが、来月中旬に香川県の丸亀市やまんのう町に行く予定があるので、ずっと昔の香川県での経験を書く。若い時にいろいろやってきたので、いちいち説明するとくどくなるから省くが、当時の志度町(現在はさぬき市)に3カ月ほどいたことがあった。

 ある日、雑木林の中の小道を歩いていると、細い横道があって、その先に小さな祠がある夢をみて目が覚めた。その日の昼間、薄暗い雑木林を歩いていたら、夢に見たのと同じ祠があったのだ。気味が悪いので祠に近づくことはしなかったが怖さを感じた。

 最近のことをもう1つ。リオデジャネイロで開かれていたオリンピックの女子レスリングで、吉田沙保里選手が銀メダルになった。4連覇の夢は潰えてしまった。事務所にいて決勝で敗れたニュースをネットで見たのだが、やっぱりと思ったのである。なぜなら、決勝の前日になぜか唐突に吉田選手が決勝で負けて銀メダルになった夢を見ていたからだ。

 このように時どき夢が当たる。ただ残念なのは、ほとんどが良くない内容であることだ。今度は宝くじが当たった夢を期待しよう。

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