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武田徹著「なぜアマゾンは1円で本が売れるのか」(新潮新書)を読んでいる時に、出版科学研究所が2016年の出版物の推定販売額を発表した。そこで、なるほどと思ったのである。実はタイトル通りの内容なら買って読むつもりはなかった。目次を見て、サブタイトルの「ネット時代のメディア戦争」が実際の内容で、メインタイトルは売るために編集者が付けたと思ったから購入した。
同著の詳細は省くが、メディアとコンテンツということなら自分はコンテンツを発信する立場だ。問題はどのようなコンテンツかである。2次使用、3次使用のできるコンテンツでないとフリーでは食べていけない。自分は以前からニュース(新しい出来事)とインフォメーション(情報)は違い、インフォメーションを発信しないとフリーでは生きていけないと思ってきた。最近はコンテンツなどと表現されるようになってきたが、ニュースは一過性であり、インフォメーションは2次使用、3次使用が可能なコンテンツと解釈できる。
一過性のコンテンツではネットが断然優位だ。テレビやラジオなどの電波媒体も、テロップで臨時ニュースという形で報じることはできるが、恒常的に「臨時」を発信し続けることはできない。さらに紙媒体となると、速報性という点ではもっと不利だ。また、同じ紙媒体でも書籍は2次使用、3次使用のコンテンツということになるが、雑誌は中途半端である。
出版科学研究所の2016年の推定販売額によると、書籍は前年比0.7%減にとどまったが、雑誌は5.9%の減少だったという。メディアとコンテンツということでいえば、雑誌の立ち位置をよく表していると思った。
先週末に、ある経済誌のネット版の編集部長が、出稿の打ち合わせに来られた。雑誌とネット版では読者層にも違いがあり、ネットの方が幅広い読者層になる。アクセス数や反響などもネットはすごいようだ。しかし、活字離れが進んでいっても、ネットと書籍はバッティングしないという話になった。
ともかくネット版のニーズにも合い、2次使用可能なコンテンツ(原稿)を仕上げなければならない。
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