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2017年8月

2017年8月28日

HCCという考え方

日本郵便が来年3月から「ゆうパック」を100~200円値上げするという。ヤマト運輸は10月から140~180円、佐川急便も11月から60~230円値上げする予定だ。これで宅配便大手3社がそろって値上げすることになる。

 いち早く値上げや時間帯指定見直しなどを公表したのはヤマト運輸だった。それを受けてネット通販と宅配便に関連する話題を採り上げようと、今年3月あるテレビ番組の打ち合わせをした時のことである。制作スタッフの1人が、「ヤマトが値上げすると佐川と郵便はどのように動くでしょう」と聞いてきた(その時点では佐川急便も日本郵便も値上げなどについて発表していなかった)。

 そこで、「佐川は値上げで動くでしょう。郵便は建前では値上げというでしょうが、本音では単価よりもこの際にシェアを拡大したいというのが本音でしょう。しかし、値上げせずにシェア拡大に走り、荷物が大幅に増えると物理的な処理能力に限界があるでしょう。もう1つは親会社の日本郵政がオーストラリアの物流会社トールの買収で大きな損失を出しているので、親会社の意向がどうかという問題がある」と答えた。

 その番組は事前打ち合わせだけで、ある事情から収録直前で中止になったので、当然、放送されなかった。それはともかく、日本郵便も宅配便を値上げというニュースが流れた日の夜に、物流業界人8名(自分も含め)が集まったある会合で、ネット通販と宅配便が話題に上った。
 料金とサービスの関係についての話の中で、LCC(ローコスト・キャリア)的な発想もあるのではないか、という意見が出た。スタンダードなサービス内容と価格を基に、このようなサービスを付加したら料金はいくらプラス、という考え方である。

 それなら逆に、最初からHCC(ハイコスト・キャリア)という経営戦略もあるのではないか。ハイコストだが、付加価値の高いサービスしか提供しない、というものである。高い料金を払ってくれる少数の顧客だけを対象にした物流サービス。法人ではなく個人対象だろうが、そのような物流市場があるかどうか、少し考えてみようと思う。

2017年8月21日

「視線の先に」

 「写真家 沢田教一展 その視線の先に」をみてきた(日本橋髙島屋8階)。斉藤光政氏の「沢田教一の眼」によると本人は「戦場カメラマン」と呼ばれるのを好まなかったようだが、沢田教一さんといえば自分には戦場カメラマンというイメージが強い。

 会場で購入した写真集「SAWADA ?KYOICHI ? AOMORI・VIETNAM・CAMBODIA ?1955-1970」をみると、1955年~1964年に故郷の青森県内や北海道、千葉で撮影した写真が掲載されている。風景やその地に生きる人たちを、当時としては珍しいカラースライドフィルムで撮影したものだ。

 だが、沢田さんがカメラマンとして精彩を放つのは、当時勤めていたUPI通信社(東京支局)から1カ月の休暇をとり、自費でベトナムでの取材を始めた1965年2月から、カンボジアで銃撃により死亡した1970年10月までの間であろう。つまり、わずか5年余の期間に過ぎない。この5年間を短いと思うか、他の人の一生分に相当するほど凝縮された時間ととらえるか。

 いずれにしても5年間に、「安全への逃避」(1966年度ピュリツアー賞、第9回世界報道写真展大賞、1966年度米海外記者クラブ賞、第23回USカメラ賞)、「敵をつれて」(第10回世界報道写真展報道写真部門第2位、第24回USカメラ賞)、「泥まみれの死」(第10回世界報道写真展報道写真部門第1位)、「戦闘で家を失った老人を退避させる若者たち」をはじめとするカンボジアで撮った一連の作品(1971年度ロバート・キャパ賞)など、輝かしい業績を残している。ロバート・キャパ賞は没後の受賞だが、報道カメラマンなら垂涎の賞を総て受賞したといって良い。

 そして、これらの一連の写真は半世紀経ったいまでも輝きを失っていない。むしろ、日本をはじめ世界的にきな臭い状況になりつつある現在こそ、「報道カメラマン沢田教一」の写真は価値を高めつつある。では、沢田さんの写真は何が違うのだろうか。おそらく物事の本質を見抜く眼力だろう。ファインダーを通して、被写体をもっとも良く表現できる一瞬を切り取る眼力だ。

 その沢田さんの「視線の先に」あったものは何か。たまたまだが、10月にはベトナムに行くことになるだろう。沢田さんの視線の先にあったものを、ほんのわずかでも観て感じることができればと思う。

2017年8月14日

避暑地? 沖縄

 1泊2日で沖縄に行った。沖縄には3月上旬にも取材で行ったので今年2回目になる。念のために断っておくと今回も仕事だ。

 1日目の午後は講演で、せっかく1泊するのだから2日目の午前、午後と取材をして夕方の便で帰ってきた。ところが帰りの飛行機は予定より1時間遅れの出発。そのため1000円分の食事券がもらえたが、那覇空港内の飲食店でしか使えないというので、中途半端な時間に食事をすることになった。

 初日は昼頃に那覇空港に着く便だったが、気のせいか東京より気温が低いように感じた。海が近いこともあって湿度は高かったが、絶えず風が吹いている。たまたま東京では37℃ぐらいになるという予想だったので、2日間は避暑地で仕事ができる?! と気分転換。まわりは夏休みの観光客だらけでも羨ましさはなくなるというものだ。

 2日目の取材先も地元の事業者からの紹介だったので、2社とも内容的に面白い企業を訪ねることができた。それだけではなく、取材終了後には税関検査の現場を見学することもできた。物流業界で長年、取材をしているが税関検査を見るのは初めてである。そういったら紹介者に「本当ですか」と驚かれた。

 コンテナは中国からのもので、コンテナを開けた途端に、おそらく作業員が飲んでそのままにしたのだろうと思われる空のペットボトルが出てきた。税関員が「申告外」といったので大笑いになった。コンテナ内の荷物は、ベルトコンベアでX線検査機を通過し、そのうちのいくつかの荷物を開封して見本検査。幸い何事もなく検査が終了したので、第3者ながらホッとした。

 それもさることながら、視線は無意識に足元に行ってしまう。ありんこ(ヒアリ)がのこのこ出てこないかという心配である。こちらの方も、自分が目視した範囲ではいなかった。やれ、やれである。それにしても輸入コンテナを取り扱う物流の現場では、小さなヒアリにも気をつけなければならない。ヒアリにヒヤリである。

 といったことで避暑地? 沖縄での仕事もそれなりに楽しかった。

2017年8月 7日

要(かなめ)

 7月16日の朝、軽くランニングをしてから事務所にでてたまっている原稿を書くことにした。ところがランニングの途中で右足首に違和感を覚えた。段差のあるところで、おかしな着地をしたわけではない。普通に走っていたのだが、少し痛みを感じたのである。

 そこで走るのを止めて、ゆっくり歩いて家に帰り、シャワーを浴びて着替えて事務所にいって仕事をした。歩くと少し痛いが、そのうち治るだろうと思っていた。ただ年齢とともに治りが遅くなっているので、2、3週間はかかるかな、という気もしていたのである。当然、その間はランニングはできない。

 だが、8月1日の夜になって、今度は腰が痛くなってきた。そのうち立つ時も座る時も、何かにつかまらないと痛くてダメになってきた。こんなことは初めてのことである。他の人からみると、体の不自由な痛々しい老人に見えるだろうな、などと考えたりしていた。

 腰は月に要と書くが、たしかに腰を痛めるとあらゆる体の動きがスムースにいかない。たしかに「要」なのだな、とへんに感心したりしていた。

 だが、2日は午前、午後と取材の予定が入っていてキャンセルできない。3日は講演資料をパワーポイントで作成して、当日中に主催者にメールで送らなければならない。さらに週明けの7日~12日は取材や沖縄出張などの予定が詰まっている。思っていたより腰の痛みが酷いので、できるだけ早く医師に診てもらった方が良いと考えて4日に病院に行った。

 レントゲンを撮り、診察の結果、右足首のところの筋がおかしく、足を庇いながら歩いていたので腰も痛くなったという診断だ。だが、シップを貼って、できるだけ足首に負担のかからないように気をつけていれば治るだろう、ということなので一安心。

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