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2018年7月

2018年7月30日

熱暑の懸念

 記録的な猛暑が続き、さらに過去になかったような進路をとる台風の襲来と、日本列島は迷惑な「初めてづくし」の夏である。このような中で最近は、2年後のオリンピック・パラリンピックを懸念するような話題が日常会話の中で上るようになってきた。

 開催時期が秋ではなく夏になったのは、スポンサー収入との関係といった話も聞く。それはともあれ、何よりも選手が大変だ。観客だって暑さ対策をしないと救急搬送が続出といった事態にもなりかねない。けっして良いことではないが、救急車がスムーズに走れるようにするにはどうするか、といった対策も必要になる。

 暑さ対策で競技開始時間を早めたとしても、たとえばボランティアの人たちは開始時間よりも前にスタンバイしなければならない。すると、公共交通機関を通常よりも早く運行するようにすることが必要だ。早朝から深夜までの観客の移動の足の確保も同様である。

 どうしても物流関係者と会って話す機会が多いので、オリ・パラでの懸念も必然的に物流に関するものになるが、人流、物流とも前回のオリンピック当時とは条件が大きく違う。

 たとえば日本の名目GDPを比較すると、1964年は29.5兆円だったが、2012年では479.8兆円になっている。これは名目GDPなので、1つの目安として消費者物価指数による物価水準を比較すると、1964年を1として2013年は4.18なので4倍以上だが、経済規模の違いは歴然としている。また人流、物流への影響と深く関わるので東京23区における人口を比較すると、住民基本台帳等人口調査要綱によれば、1964年1月時点では874万人だったが、2018年1月では948万人にまで増加している。

 先日、ある大学教授がオリ・パラ開催期間中の都心部における宅配便規制をどうするかを考えなければならなくなった、と話しかけてきた。そういわれても当方としては「それは難問ですね」としか応えようがない。これから日本の夏はどうなっていくのか、そして2年後のオリ・パラは大丈夫なのかなど、暑くて考えるのも嫌になってくる。

2018年7月23日

暑中撮影

 毎日まいにち猛暑が続く。この世に生をうけて物心ついてから今日までの、わが生涯で最も暑い夏のような気がする。もっとも来年になると、今年の猛暑を凌駕することになる可能性が高い。これからは年ねん猛暑の記録が更新されて行くのではないだろうか。

 連日の暑さの中、牛久シャトー(茨城県牛久市)に行ってきた。昨年は土浦城址の櫓門だったが(当コラム2017年10月30日づけ)、今回は牛久シャトー本館(国指定重要文化財)を茨城県トラック協会発行のPR誌のイメージ写真に使うための撮影である。同グループ本社の広報に、事前にその旨の了解をとっての撮影だが、スタッフを引き連れての大掛かりなものではなく、自分1人で写真を撮るだけなので、現地でのあいさつはいらないとのこと。一般入場者としての扱いなので気楽で良かった。

 牛久シャトーの旧醸造場施設3棟は、わが国における最初期の本格的ワイン醸造施設として、国の重要文化財に指定されている。中でも本館はシンボル的な建物だ。園内にはワインセラーやショップもあり、オリジナルワインをはじめ世界各国のワインを販売している。またレストランが2つ(うち1つは国指定の重要文化財)と、バーベキューガーデンもある。

 写真撮影は手抜きしないが、一段落したら息抜きをする。仕事と夏休みを同時にしているようなものだ。

2018年7月16日

非日常的日常

 西日本の広域で深刻な水害が起き、たくさんの人が被害に遭った。こんなに広い範囲でほぼ同時に水害に見舞われるようなことは、これまでなかった。集中的な豪雨といい、年ねん被害が大きくなってきている。

 テレビのニュースで被災地の画像を見ると、被害をうけた地域には特徴があるように思う。新興住宅街は別として、過去にも何度か水害が起きたことのある低地に広がる住宅地。このような地域は昔と比べれば近年は治水が良くなっていた。だが、今回は治水ダムや堤防などの想定設計値を超えた大雨だった。いわば、これまでの「常識」を超える雨量だったことになるので、これからは「新常識」が必要になる。

 それに対して、家屋の背後に山裾が迫っているような地域や、谷間に建っていた家屋も被害に遭っている。これらの家は何代にもわたって住んでいたものと思われる。つまり、過去には今回のような災害がなかったことを意味する。ということは、やはり「常識」を超える雨が降ったために災害が起きたのであり、これからは「新常識」で安全を考えていかなければならない。

 最近の気象状況は「過去にない云々」と表現されることが多くなった。おそらく今後は毎年まいとし「過去にない云々」と繰り返されるようになるだろうと思う。ということは非日常が日常になるということだ。そのような自然環境の変化の中で生きていかなければならない。

2018年7月 9日

四半世紀

 オウム真理教の元代表の松本智津夫をはじめ計7人の死刑が6日に執行された。このニュースを知って真っ先に思ったのは「あれからもう四半世紀か」ということだった。

 彼らが犯した犯罪は数かずあるが、1番印象に残るのは地下鉄サリン事件だ。事件当日の朝、当時、勤めていた会社に出勤すると、地下鉄で何か大きな事件が起きて被害者が多数いるらしいという話題で持切りだった。まかり間違えば自分たちの誰かが被害に遭っていたかも知れないのだ。あれから四半世紀が経っても、被害者の人たちは現在も障害などに苦しんでいる。

 宗教は人の心の問題なので、何をもって宗教か宗教でないかを判断するのは難しい。宗教団体がらみの事件は、司直も慎重にならざるを得ないだろう。だがオウム真理教が宗教団体だったのか、それとも宗教を隠れ蓑にした凶(狂)団に過ぎなかったのか。

 不思議なのはあんな「教祖」の下になぜ人が集まったのかである。偏差値の高い大学で学んだような人たちがである。報道の範囲で判断する限り、「教祖」は無責任で小心な臆病者だったのではないか。そして強い劣等感を持っていたのだろうと思われる。劣等感と優越感は表裏の関係であり、劣等感を持っている人ほど尊大に振舞いたがるものだ。

 それにしてもオウム真理教とは何だったのか、彼らが起こした事件の背景などは解明されていない。しかも昨今の風潮をみると、彼らと同じような凶(狂)団が再びできるのではなかという懸念がある。

2018年7月 2日

時間切れ狙い

 ワールドカップ予選リーグ第3戦のポーランド戦は、賛否両論があった。アディショナルタイムを含む最後の約10分間は、0-1での敗戦狙いのパス回しに終始したからである。だがその結果、決勝トーナメントに進むことができた。

 もし、ベスト8進出をかけたベルギー戦に勝利することができれば、ポーランド戦での批判は薄れるだろう。反対に惨敗となると批判が再燃することが考えられる。

 安全なパス回しで時間稼ぎすることも、ルールの範囲内での時間の使い方なので、決勝トーナメントに進むための作戦の一環である。それを批判するのであれば、そもそもスターティングメンバーを6人も入れ替えたことの是非も問わなければならなくなる。決勝トーナメントまで見据えて選手全員のポテンシャルを有効に活かすという点では、パス回しによる時間稼ぎと本質的変わりないからだ。

 いずれにせよ、決勝トーナメントの戦い方も視野に入れて試合ができる水準にまで、日本も成長したということである。これまでは、常にアクセルを目いっぱい踏み込んで走ることしかできなかったのである。

 ところで、時間切れ狙いのパス回しをずっとこの間、見せられていたような気がしてきた。そうだ、モリカケを巡る安倍総理の答弁はまさに時間切れ狙いの無難なパス回しと同じだ。そのことに気づいたら、国会の会期延長に際して麻生副総理が「ロスタイムに下手な失点をしないように」と言った言葉の深~い意味も理解できた。さすがに総理、副総理は日本が世界に誇るツートップだけある。

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