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2018年11月

2018年11月26日

3年後の取材約束

 先日、ある地方の中小運送事業者を訪ねた。取材が一通り終了して雑談になった。社長は若く見えるが70代後半である。社長からすると小生などはまだまだ若手なので、「これからだから頑張れ」と励まされた。そのうち人生100年時代が来て、70歳代でも「最近の若い者は……」などと小言をいわれる時代が来るかもしれない、といって笑いあった。

 実際に社長の意欲は旺盛で、新しい事業分野の研究に積極的に関わっている。今回の取材はそれに関連する内容だった。社長が意欲的に取り組んでいる新事業に対して新しいオファーが入った。その最初の打ち合わせの翌日なら、前日のホットな内容も話せるということで取材日が決まったのである。

 前日の話とは、同社の隣県の山間部の関係者から、ドローンを使った新しい物流システムを企画できるか、というものだった。ドローンで往復の荷物が確保でき、さらに廃校舎を活用した拠点とトラック輸送を組み合わせるという構想である。社長は、実現化に向けて具体的に検討することを約束してきた、という。この計画は隣県の地場産業の将来にも関わるので、事業当事者だけではなく県や自治体もバックアップする意向のようだ。

 計画では、実際の事業開始は3年後である。3年間にはドローンを巡る諸条件も大きく変わってくるので、実現の可能性は高い。これには地元のテレビや新聞も関心があるので、オープニングには取材に来るだろうと予想してる。そこで社長から「連絡するので森田さんも取材に来てくれ」といわれ、「喜んで」と3年後の取材の約束をした。

 3年後の取材の約束など初めてのことだ。それに社長はその時点では傘寿である。当方も、若い気持ちをもってまだまだ頑張らなければいけないという意欲がわいてきた。

2018年11月19日

学生コンペ10年

 このコラムは2012年1月9日から書き始めて、毎週月曜日に更新してきた。コラムを書こうというそもそもの動機は、その前年の東日本大震災だった。大震災の悲惨さにも大きな衝撃を受けたが、人間なんていつどうなるか分からないものだと実感した。そこで、何でも良いから書き残しておこうと思ったのである。

 したがって年が明けたら当コラムは9年目にはいる。その中で過去に3回も書いたテーマがある。それは物流関連ゼミ学生による研究発表会だ。これはNS物流研究会が主催するものだが、同研究会のルーツは2006年までさかのぼる。06、07年の約1年半にわたって国交省がおこなった「若手経営者等によるトラック事業の未来を語る会」の委員を委嘱されたメンバーが、その後、自主的に発足した任意団体がNS物流研究会だ。自分もメンバーなので、どうしても採り上げたくなってしまう。

 研究会ではメンバー企業を相互訪問するなどの研修をしてきたが、2009年に物流を学ぶ学生に研究成果を発表する場を提供しよう、として始めたのがこのコンペだ。以来、毎年開催してきて今年は第10回目になる。

 今回の参加校は10校で、発表順に目白大学、朝日大学、城西大学、同志社大学、東京都市大学、大阪産業大学、東京海洋大学、流通科学大学、神奈川大学、北海商科大学である。審査の結果、優勝は神奈川大学(齊藤ゼミ)、準優勝が東京海洋大学(黒川ゼミ)、敢闘賞が北海商科大学(相浦ゼミ)となった。

 このコンペに参加した学生の中からは、物流企業に就職する学生の割合が年ねん増えてきた。喜ばしいことである。

2018年11月12日

時空を超えて

 3泊4日でホーチミンにいってきた。同市の郊外にある日系企業2社(3カ所の倉庫)の視察である。両社は、日本の国内市場が縮小する中で、海外に進出する必要性を強調。進出先としてアジア各国を比較分析した結果、ベトナムにしたという点が共通していた。

 ホテルから視察先への移動中にみる街中は、バイクが多く、日本と比べると一見、無秩序だが、いまの日本では失われてしまった活力を感じた。若い人たちが多く、今後の発展が期待できる。

 クチトンネル歴史遺跡と戦争証跡博物館も見学した。いずれもベトナム戦争という重い歴史を物語るものである。思えば自分の青春時代は、連日のように新聞やテレビでベトナムの戦況が報じられていた。あれから約半世紀。展示品などを見ていると自分の半生も含め、50年という時空を超えて複雑な思いがこみ上げてきた。

 とくに博物館の枯葉剤の被害の写真などは、広島平和記念資料館と同様に直視することができなかった。そのような中で、昨年8月21日の当コラムに書いた(視線の先に)、沢田教一さんの「安全への逃避」が展示されているのをみて、なぜかホッとするものがあった。

 時空ということでいえば、成田~ホーチミンは片道約6時間の旅。機内食を食べる以外はアイマスクをして寝転び、できるけリラックスするようにしていた。すると、いろいろな考えが浮かんでくるものだ。前回の出版は昨年の1月なので約2年が経ってしまった。そろそろ何か書きたいなと企画していると、テーマが2つ浮かんできた。そこで来年はなんとか2冊書いてみようという気になってきたから不思議だ。

2018年11月 5日

「自己責任」

 2015年6月にシリアで武装勢力に拘束された安田純平さんが解放されて帰国した。案の定、「自己責任」論が沸騰してきた。だが、安田さんに対する賛否の立場のいかんに関わらず、「自己責任」を表面的に論じているように思える。

 まず、確認しておくべきなのは次の2点である。1つは、ジャーナリストなら規制された場所でも行って取材したいと思うのは当然だ。また、それが仕事でもある。一方、2つめは日本政府の立場である。たとえ思想信条などが違っても、自国民を保護する責任がある。

 そこで「自己責任」論だが、一般的にジャーナリストは権力に批判的な立場の人が多い。つまり、政府にとっては煙たい存在である。そのため政権寄りの人たちは、「自己責任」論という切り口から、政権に批判的な人たちを、ここぞとばかり攻撃する傾向が強い。

 自分はこのような立場からの「自己責任」論には与しない。だが、ジャーナリストとしての自己責任というのはあると思う。今回の場合なら、武装勢力に拘束されるだけでなく、最悪のケースでは「死」も予想される。安田さんはそれを覚悟の上で自分の判断で行ったのだろうと思う。それに対する自己責任はあるはずだ。

 武装勢力に拘束されていた約3年間の経験を、当然、発表するだろう。その際には、自らは触れたくない不都合な事実についても、追加取材をして客観的に書いてほしい。

 たとえば、今回の開放で身代金が払われたのかどうか。支払われなかったとしたら、どのような情勢の変化で、どのような経緯で解放されたのか。名目は別として実質的な身代金が支払われたのであれば、誰がいくら支払ったのか。その身代金は最終的に誰がどのような名目で負担することになるのか。

 この問題に対する関心は高いはず。1番多くの関連情報を持っている安田さんが、報道することがジャーナリストとしての自己責任ではないかと思う。

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