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2018年12月

2018年12月31日

ゆく年くる年

 月曜日づけでUPしているので、今年最後のコラムが大みそかになった。ゆく年を振り返るのにはちょうど良い。

 今年(2018年)は良い年ではなかった。初めてのことだが結石で病院に行くことがあったし、精神的にも年間を通してスランプだった。だが、それでもレギュラーの仕事はそれなりにこなしてしまう自分の日常がはたして良いのか、という気持ちもある。ルーティン・ワークに対する慣れと安易さへの怖さだ。

 石川啄木の歌に、「事もなく 且つこころよく肥えてゆく わがこのごろの物足らぬかな」(我を愛する歌)というのがあった。啄木がよんだ歌の真意や心裡は分からないが、自分なりの解釈で共感できる気がする。

 実は今年の初め、密にW'ーG'という目標を立てたのだが結果は全くダメだった。何年もフリーで仕事をしてきたので、自分にもそれなりにW'があるのではないかと思えるようになった。だが、それを具体的な仕事に結び付けるのが苦手なのを自覚している。そこでW'をG'に転換する年にしようと思ったのである。たまたま2018年はマルクス生誕200年ということもあり、ヒントを得たのだった。だが、今年1年は目標倒れに終わってしまった。

 そんなことで明日から始まる2019年も、密に(でもないか)「命がけの飛躍」を目標に掲げることにした。

2018年12月24日

良い酒を少しだけ

 今年も残すところわずかで、もうすぐ新年を迎える。普段はほとんど酒を飲まないが、年末年始には付き合いで酒を口にする機会が多くなる。そんなことを考えていたら、久しぶりに懐かしい言葉を思い出した。

 半世紀も前の話だ。地元(茨城県)の高校を卒業して、とりあえず静岡の学校に行くことにした。寮に入るので荷物は発送してあるから、わずかな身の回りのものを小さなカバンに詰めて靴をはいていた時である。母親が背後に正座して、「家を出てこれからは1人で生活をすることになる。まだ未成年だが、付き合いで酒をもむこともあるだろう。それは構わない。だが、安酒をたくさん飲んだりはするなよ。飲むなら良い酒を少しだけ飲むようにしなさい」、といったのである。

 普通だったら「体に気をつけなさい」とか、「ご飯はちゃんと食べるんだよ」などというのではないだろうか。それが、安酒をたくさん飲んだりしないで、良い酒を少しだけ飲むようにしろ、というのだから唐突だ。こちらも若いから「分かった、分かった、分かったよ」といって、せかせかと家を後にしてバス停に急いだのである。

 しかし、時どきその言葉を思い出す。そして何を言わんとしていたのか、と考える。歳を重ねるごとに様ざまな解釈ができるようになってきた。たとえば人との付き合いでも、つまらない知り合いを増やすより、少数でもよいから信頼できる人との付き合いを大事にしろ、と解釈することもできる。あるいは敷衍すれば、社会で生きていくには真贋を見極める眼をもって、贋作をつかまされたりするな、とも受け取れる。

 昨日12月23日は、その母親の命日だった。早いもので亡くなって12年が経つ。生存中に「良い酒を少しだけ」の意味を問うことはしなかったから、永遠に分からない。でも、それで良かったと思う。今年の年末年始は、「良い酒を少し」だけ飲むことにしよう。

2018年12月17日

年の瀬の寒さ

 今年も残すところ2週間になった。つい先日まで夏日を観測する地域もあったほどだが、さすがに最近は冷え込みが厳しくなってきた。

 冷え込みという点では、12月中旬だというのに、昔と比べると年の瀬の熱気のようなものが商店街などから感じられなくなって久しい。昔のことをいってもしょうがないが、12月に入ると街中にはジングルベルの音楽が流れ、なんとなく騒々しく、せわしさを感じたものだ。12月中旬ともなると、夜の繁華街で三角帽子をかぶってクラッカーを鳴らしながら歩く人たちや、電車の中には酔客が多かった。だが、バブル崩壊後はだんだん年の瀬らしい喧騒と慌ただしさが感じられなくなってきた。

 ところが、2012年12月から始まった景気拡大が来年1月まで続くと、「いざなみ景気」(2002年2月~2008年2月の73カ月間)を超えるのだという。「いざなぎ景気」(1965年11月~1970年7月の57カ月間)は、まさに高度成長期で、ほとんどの人が好景気を実感できた。それに対して「いざなみ景気」は「実感なき成長」ともいわれた。では、現在は何と呼べば良いのだろう。ずばり「格差拡大を実感する成長」である。

 といったことで年の瀬の寒さを実感する昨今だ。それもこれも「ボーっと生きている」自分が悪いのかな?

2018年12月10日

不採算地域は切り捨てか?

 J・ウォーリー・ヒギンズ氏の「秘蔵カラー写真で味わう 60年前の東京・日本」(光文社新書)を読んだ。同氏が1956年~1964年に撮った、主に鉄道写真集である。全国各地のローカル鉄道や、当時は各地にあった路面電車など懐かしい光景が写されている。1964年といえば前回の東京オリンピックが開催された年。当時の風景を写真でみると、あの頃はそうだったな、と懐かしく思いだす。

 写真の中には、現在では廃線になってしまった路線も多く写されている。今でも残っているなら行ってみたいと思う駅舎や鉄道も多い。だが、不採算路線は残念ながら今後も廃線になっていくだろう。

 そんなことを考えている時に、国会では改正入管法や改正水道法などが拙速に可決された。改正水道法では広域連携方式やコンセッション方式など選択肢が拡がったというが、理解に苦しむ。水道は国民生活に欠かせないインフラなのだから、赤字であっても国や自治体が責任を持つべきだろう。そもそも自治体が運営しては採算が取れないが、民間なら採算がとれるというのがおかしい。「民間のノウハウを活用…」というが、公務員は何10年も運営してきたのにノウハウが蓄積されていない、ということだろうか。

 それはともかく、水道の運営が民間になったら、廃線された鉄道と同じような運命になることが危惧される。たとえば1日平均の水使用量が何㎥以下の地域とか、営業係数が低い集落などの場合、老朽化した設備を更新しないとか、自然災害などで断水しても復旧工事をしないで水道管による水の供給は止める、といった可能性である。

 そのうち、採算をとるために水道、電気、ガスの3点セットでなければ契約しないといった企業が出てくるかもしれない。

2018年12月 3日

仮面は神か人間か

 ユネスコで「来訪神 仮面・仮装の神々」の無形文化遺産への登録が決まった。東北から沖縄まで8県の10行事である(そのうち甑島のトシドンは09年に登録されていた)。

 各地方で長年にわたって引き継がれてきた伝統的行事だけに、それぞれの地元では大変な喜びようだろうと思う。だが、どこも伝統を継承する若い人たちが減少して後継者不足のようだ。無形文化遺産への登録を機に、伝承する若い人たちが増えることを期待したい。観光客の増加などによる地域振興にもつながることを願う。

 それにしても10行事も登録されたというのに、自分は男鹿のナマハゲぐらいしか知らなかった。「泣く子はいねがー」のナマハゲは有名で、テレビなどでも見る機会があった。1度だけだが「ナマハゲ館」に行ったこともある。恥ずかしながら、それ以外は初めて知った。

 それにしても様ざまな仮面があるものだ。地域特性というべきか、それぞれの風土と人びとの暮らしの中から生み出されてきたのだろう。個性豊かである。

 仮面といえば、舞台などでつける仮面のことをラテン語ではペルソナというらしい。このペルソナは英語のPersonで、そこからパーソナルやパーソナリティーなどにつながっていく。

 敷衍していえば、人間は仮面をつけて生きている、ということだろう。もちろん無形の仮面だが、社会的立場や職業に応じて、「…らしく」生きなければならない。自分も「…らしい」役に徹して、まだまだ頑張ろう。

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