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2019年3月

2019年3月25日

大地に根差す

 2週間ぶりに休みをとった。さて、何をしようかと考えても、頭に何も浮かばない。そこで、とりあえずカメラをもって中央線の普通列車に乗った。山梨の方に向かいながら、車窓から気に入った風景があれば列車を降りて写真を撮ればよい。そんなことで列車の窓からぼんやりと外を見ているうちに、そうだ! 久しぶりに「種をまく人」に会いに行こうと思いついたのである。

 そこで甲府まで行き、駅前からバスに乗って山梨県立美術館へ。ジャン=フランソワ・ミレーの「種をまく人」との対面は実に久しぶりである。最初に観たのは、山梨美術館の所蔵になる以前に上野でだった。この時は、大勢の人波にもまれながら短時間しか観ることができなかった。だだし、ミレーにはほぼ同じ構図の「種をまく人」が2点あり、1点はボストン美術館の所蔵になっているので、最初に観たのがどちらだったかまでは覚えていない。いずれにしてもその後、山梨美術館には2度観にいっているから、今回は4度目のご対面である。

 なぜ「種をまく人」が好きなのかといえば、大地にしっかり根差した生の力強さのようなものを感じるからだ。ずっと根無し草のような生き方をしてきた自分にはないものである。今回も「種をまく人」を観ながら、結局、大地に根を張って生きる人は強い、と思わずにはいられなかった。だが、それができない自分をも再確認することになった。わが道を行くしかない。行けるところまで行ってみよう。

 それにしても観るたびに新発見はあるものだ。「種をまく人」をじっと観ていたら、あぁ、そうだったのか、と初めて気づいた点があった。それも名画たらいめている要素の1つだったのか…。それについてはもう少し考えて頭を整理してから、機会があれば何かに書くことにしよう。

2019年3月18日

ノスタルジー

 世田谷美術館に「田沼武能写真展」を観にいった。「東京わが残像1948-1964」と題して「子どもは時代の鏡」「下町百景」「忘れ得ぬ街の貌」の3章に、特別展示として「世田谷の文化人」を加えた約200点が展示されていた。タイトルの通り1948年から1964年までの写真である(特別展示はその後の撮影もある)。写真を観ていると昔の風景を懐かしく思い出す。

 先週、船橋の方に仕事で行った。往きは新宿から総武線だが、帰りは時間に余裕があったので(いつもヒマだ)、錦糸町駅で途中下車し、都営新宿線の住吉駅まで歩いた。住吉から地下鉄で新宿に帰ることにしたのである。

 現在の住吉駅の近くに、むかし住んでいたことがあった。当時は未だ都営新宿線はなく、この近くに駅ができる計画らしい、というころである。錦糸町の駅からは、この辺に屋台のカレー屋が出ていて、夜遅く駅からの帰りによく食べたものだ、などと思い出しながら細い通りを歩いた。たしかここには場外馬券売場があり、知り合いが万馬券(1万7000円ぐらいと記憶している)を当てたっけ。ここには肉屋があってよくコロッケを買ったな、などと現在ではまったく様相が違ってしまった街を、記憶を掘り返しながら歩いた。

 ノスタルジーといえば1月下旬に目黒駅の近くに仕事で行き、仕事が終わって目黒駅から目黒新橋に向かって坂道を下りていった。むかし目黒本町に住んでいたころ、よくいった古本屋を思い出したからだ。もう店はないだろうと思っていたら、なんと古くて汚い古本屋が残っていた。懐かしいので店に入って、軽い内容の古本を1冊購入した。

 さて、田沼さんの写真展だが、あのころの東京はまだこんなだったのか、などと思い出しながら観てまわった。東京オリンピックに向けての工事も、当時は活き活きとしたものが感じられる。日本という国もまだ青春時代だったのだ。それに対して来年の東京オリパラはどうか。高齢期の日本という国を象徴するような「レガシー」にならなければ良いのだが…。

2019年3月11日

コクゼイ

 確定申告に2度も行くことになってしまった。地元の税務署は家から歩いて約10分ほどのところにある。そのため税務署の敷地内の特設会場で申告するのだが、早く終わらせようとすると、開始時間の1時間ぐらい前から並んで順番待ちしなければならない。そこで8時ぐらいには並ぶことになる。だが、それでもすでに並んでいる人がたくさんいるので、いったい何時にきているのか? トラックと同じで「待機料」を税額から割引いてもらいたい。

 受付が開始されても早い者順なので、列に並んでから約1時間半後ぐらいして、やっと順番が来た。ところが資料不足で結局、その日はダメになってしまった。そこで改めてもう一度、申告に行くことになった。それでも、ほんの僅かだが還付されるのでまだ良い。追加で納税することにでもなったら頭にくる。

 順番待ちで並んでいると高齢者が多い。給与所得だけの若い人は確定申告の必要がないのだろう。その点、年金の他にも収入のある高齢者は確定申告しなければならない。並んでいる高齢者を見ていると、不動産収入や株の配当収入などがたくさんある金持ちに見えてくる。その点、僅かな原稿料や講演料などのために申告しなければならない自分がみじめになってくる。もっとも本当の資産家が自分で確定申告にきて順番待ちするわけがないと思って自分を慰めることにした。

 受付のところで、自分でパソコンに入力するか、それとも入力する人を付けるかと聞かれる。自分で入力する場合でも、分からない点は係の者が教えてくれるという。だが、入力を代行してもらうことにした。自分で入力するのは時間がかかるし、それに、分からないことが多いだろうから係の人に教えてもらうことになる。それなら最初から代行してもらった方がよほど効率的だ。

 自分で入力している高齢者が隣にいた。だが、係の人に聞かないとできないらしい。それでも、たまに教えてもらうのなら分かるが、1つ聞いて終わると、また次も係の人に教えてもらっている。その繰り返しなので、教える人はほとんど付きっきりの状態だ。ろくにできないのに自分でやろうとするから、逆に時間がかかってる。最初から代行してもらった方が、教える側の手間暇も軽減される。まぁ、自分はパソコンができると思い込んでいるような高齢者の典型なのだが、周りの迷惑にまで気が回らないらしい。

 2度も行くことになって、何でこんな苦労をしてまで申告しなければならないのかと思う。わがパソコンにコクゼイと入力して漢字に転換したら、最初に「酷税」とでてきた。正鵠を得ている。AI時代の賢いパソコンだ。

2019年3月 4日

個人情報とレコメンド

 電通の「2018年日本の広告費」によると、昨年の広告費は6兆5300億円で、7年連続のプラスだった。これはGDPの1.19%に相当するという。媒体別で1番多いのは地上波テレビ広告費で1兆7848億円。だが、インターネット広告費が5年連続の2ケタ伸びで、1兆7589億円まで迫ってきた。このペースなら今年中には逆転するとみられる。

 インターネットに溢れているのは、一見、たくさんの「情報」のように錯覚するが、無償も含めてほとんどが広告である。トランプ米大統領的に表現すれば、「フェイクニュース」も含めて、広い意味での広告・宣伝・勧誘といったものだ。有償の広告はその一部に過ぎない。

 一方、紙媒体への広告出稿はだんだん厳しくなってくる。とくにタウン誌などは、購読料収入がなく広告収入だけで賄っているので経営が大変だろうと思われる。それに反してインターネットへの広告出稿は今後はますます増えてくるだろう。

 とくにインターネットでは、レコメンド(推薦)広告が凄い。何かに関心があって検索すると、すぐにポータルサイトにそれに関連した広告が出てくるようになる。広告効果という点では有効性が高い。だが逆に、これは恐ろしいことである。個人情報が瞬時に把握されて活用されていることの現れに他ならないからだ。

 もっともメールでやり取りしている内容は総て把握されていることを前提に利用しないといけない。本当に重要な話は、直接会って伝えるというアナログでないと危険だ。そんな社会に生きているのである。

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