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2019年6月

2019年6月24日

小雨の飫肥

 都城に行ったので、翌日は日南市の飫肥を訪ねた。梅雨時なので仕方がないが、あいにく小雨の1日だった。それでも、傘をさしての城下町の散策も風情があると前向きにとらえることにした。それに平日の雨の日ということもあるのだろうが、全体的に観光客が少ないのでどこでものんびりできたのも良かった。もちろん「おび天」も堪能した。

 飫肥は昔の城下町の建造物が保存してあって観光には良い。資料によると「重要伝統的建造物群保存地区」として1977年に九州で最初に国の選定を受けたとある。だが前々回(6月10日づけ)の「尾道から鞆の浦へ」でも書いたように、誰も住んでいないと思われる屋敷も目に付いた。無人の家屋では傷みもかなり目立つ。このままでは、この先どうなってしまうのか、といった心配をしてしまう。下手に建て替えるわけにもいかないだろうし、さりとて現状のままではだんだん廃屋のようになってしまう。

 保存されている歴史的町並みは、一見の観光客にとっては懐古的で良いかも知れない。だが、保存・維持するのは大変だろうと思う。同じような条件にあるところでは、みな同様の問題を抱えているのではないだろうか。

 豫章館の敷地の中にあるお茶処草で抹茶を飲んだが、客は自分1人だったのでお茶を入れてくれた人と少し世間話をした。それによると、お茶処などの運営はずっと飫肥城下町保存会が行ってきたが、ごく最近、日南市も運営に関わるようになったのだという。また、飫肥は観光客が減少しているので、油津港にクルーズ船が寄港できるようにして、外国からの団体観光客を誘致する計画を進めているという話だった。同じ日南市内でも油津港から飫肥までは少し距離があるので、バスで移動して飫肥城などを見学できるようにする構想らしい。これまでは通関などの関係で外国船が油津港に直接入ってこれなかったのだという。地元にとって観光客の誘致は大事だろうが、景観の損傷などにつながらなければ良いのだが…。

 その日は南郷のホテルに泊まって、翌日は青島に寄って帰った。

2019年6月17日

選挙に「不都合な真実」

 「老後に年金だけでは2000万円不足」が関心を集めている。金融庁の審議会のワーキンググループが、無職の高齢者夫婦の場合、年金だけでは月5.5万円が不足なので30年間では2000万円が不足になる、という報告書を出した。それに対して麻生金融担当大臣が、「政府のスタンスと違う」との理由で報告書の受け取りを拒否。この問題を巡って野党が一斉に批判・攻撃をしている。

 諮問した審議会の報告書を、大臣が受け取り拒否するというのは異例で、極めて失礼なことだ。そもそも審議会や委員会などの委員を委嘱される人の中には、「御用学者」と言われるような人もいる。極端な御用学者は少数としても、政権に批判的な人は選ばれない。審議会や委員会などは総じて政権が求めるような考え方をしている人たちを人選して構成している。また、ほとんどは結論ありきで、実際の運営では官僚がシナリオを書いている。したがって報告書は「政府のスタンス」に沿って予定調和的にまとめられていると思って良い。

 では、今回は政権にとって何がまずかったのか。スタンスが違うのではなく、参議院選挙前なので選挙に不利になると困る、というのが本音ではないか。日米貿易協定のように参議院選後だったら、何の問題もなかっただろう。だが、選挙前ということは最初から分かっていたのに、なぜ報告書が出されたのか。推測するに、おそらくキャリア官僚の定期異動との関係ではないかと思われる。報告書の作成を実質的に担当していたキャリアが、国会の会期延長がなければ、通常のローテーションから行くと7月1日づけで異動になる可能性が高い。そこで自分の在任中にこの案件にケリをつけて、後任のキャリアには真っ新な状態で引き継ごうとしたのではないか。

 それはともかく、重要なのは老後のために2000万円を自分で蓄えておかなければならないのかどうかである。もし、そうであるならば正直にそう言えば良い。あるいは、もっと少ない金額でも大丈夫なのか、逆に2000万円では足りないのでもっと貯えが必要なのか。できるだけ客観的な分析に基づいて国民に報告すべきだ。さらに、この2000万円という数字は、厚生年金に加入している人を前提にして試算されているのかどうかである。もしそうならば国民年金だけの人はもっと多額になる。

 かなり古い話だが2000年10月にデンマークに行ったとき、現地在住の邦人に聞いた話では、デンマークの人たちはほとんど貯金をしないということだった。年金や医療費など老後が保証されているので貯蓄の必要がないからだ、という話を思い出した。もちろん、その分、税金などは高いのだが、高い税金を払っても生活していけるだけの可処分所得があるということだ。しかし、日本では雇用が増えているといっても非正規雇用労働者が増加している。それでは、年金にしろ健康保険、所得税収も増えるはずはない。

 これを機に、不都合な真実に真正面から向き合って、今後の日本社会の在り方をみんなで考えるべきだろう。

2019年6月10日

尾道から鞆の浦へ

 仕事の関係で広島に行ったので、翌日は尾道、翌々日は鞆の浦を周った。尾道と鞆の浦は初めてである。初日の広島での松井一實市長の話しによると、広島にも訪日外国人がたくさん来る。だが、他の地域と大きく違うのは、欧米豪からの観光客が多いことだという。そう言われて外国人をみると、たしかにかにそうだ。「爆買い」と表現されるような買い物には向いていない。「旅」を楽しむ人たちが来るのだろう。

 翌日は尾道に行き、のんびり写真を撮りながら千光寺まで細い坂道を上った。古い民家が斜面に軒を連ね、狭い路地が入り組んでいる。高所にいくほど尾道水道(海峡)や向島の景観が開ける。だが、情緒のある良い町でも住むのにはどうかなと思った。高齢者は買い物などが大変だろう。

 その夜は福山駅近くのホテルに泊まった。マッサージの人の話しでは、妹が尾道に住んでいたが夫の転勤で広島に移り、尾道に戻る気がないので誰も住んでいない家が傷んできたという。たしかに、全体的に古い家が多く、人が住んでいないと思われる家もあった。解体工事の現場に遭遇したが、建て替えるのか、更地のままにするのか……。尾道では向島にも渡ってみた。

 鞆の浦に行く日の早朝は激しい雨だった。それでも、ともかく行くだけ行ってみようと福山駅のコインロッカーに荷物を預けた。ところが、その時にデジカメを落としてしまった。さほどの衝撃ではなかったが、いやな予感が的中して作動しなくなった。しょうがないからスマホのカメラで写真を撮るしかないと覚悟を決めてバスに乗る。鞆の浦にバスがつく頃には雨は小降りとなり、やがて陽が射してきた。天候は味方をしてくれたが、デジカメが壊れたのにはがっかりだ。

 ふらっと入った民芸茶処深津屋で、他に客がいなかったのでママと世間話。「カメラが壊れたのは、もう一度、鞆の浦に来いという意味だと解釈した。必ず、またこの店にコーヒーを飲みにくる」と約束した。不渡り手形にしないようにするつもりだ。ここでも仙酔島に渡ってみた。渡船の人に聞いたら、国民宿舎などで働いている人たちを除くと、今は仙酔島の住人は1人もいないが、昔は2家族が住んでいたという。

 尾道も鞆の浦も狭い地域に寺院や神社などが多い。海運などによって繁栄し、経済的基盤があった往時を偲ばせる。だが、尾道の空き家化といい、有人島だった仙酔島の無人化といい、古き良き時代の風情と、厳しい現実の両方を同時に目の当たりにした観がある。ノスタルジーとリアリティーの「旅」だった。それにしても、尾道も鞆の浦も写真に撮るならモノクロが良い。

2019年6月 3日

小学校の運動会

 孫の小学校の運動会でカメラマンをした。幸い雨が降らず、時どき陽が射したがさほど暑くもなかったので良かった。しかし、椅子の持ち込みやシートなどによる場所取りもダメで、基本的には立って応援しなければならない。昼休みを除いて、カメラを持って5時間ほど立ったままで動き回るのは、けっこう体にきつい。

 それに最近はミラーレスを持ち歩くことが多いので、久しぶりに一眼レフをもつと、カメラがこんなに重かったのかと実感する。ミラーレスも性能が良くなり、けっこう仕事でも使えるようになってきた。仕事によっては事前にロケハンに行くことがある。ロケハンなので軽いミラーレスを持っていくが、撮った写真を観ながらデザイナーと打ち合わせしていて「これでも大丈夫いけますよ」とデザイナーが保証してくれれば、本番なしにしてしまうこともあるほどだ。これは写真の用途によっては画質その他が充分ということなので、決して手抜きではない。

 川崎市でスクールバスを待っている小学生が襲われるという事件があった。外務省の職員と6年生の女子が亡くなり、18人が重軽傷を負うという痛ましい事件だ。また、小学生の女子が虐待死するとか、それ以前にも未就学の幼い女子が親からの虐待で亡くなっている。これらは虐待死ではなく拷問による虐殺と表現した方が良いだろう。今回のように小学生が狙われた事件や、家庭内での子供の虐殺など、可哀そうで胸が詰まる思いだ。ファインダーから小学生の運動会をみていると、心身ともに健やかに育ってほしいという気持ちになってくる。

 昔は自分の子供たちの小学校の運動会で写真を撮った。だが、今はその子供たちの子供たち=孫の小学校や保育園の運動会の写真撮りだ。思えば子供たちの運動会の写真を撮っていたころはフィルム・カメラだった。孫たちの運動会の写真はデジタル・カメラで撮っている。

 それだけ歳月が流れ、時代が変わったことを実感する。一眼レフが重く感じるようになり、何時間も動き回って写真を撮ると疲れるのも、致し方ないか。

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