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2020年3月

2020年3月30日

ステークホルダー

 オリンピック・パラリンピックの開催が延期になった。それにしても正式に延期を決めるまでの時間が長かった。新型コロナウイルスが世界的に蔓延している状況を見れば、予定通りの開催が困難なことは分かるはずだ。それにも関わらず決定が遅れたのは、ステークホルダーが多く、またそれぞれのステークホルダーの思惑が複雑にからんでいるからだろう。もっとも、今回の新型コロナウイルスへの対応では、初期段階におけるWHOの中国寄りの姿勢も大いに問題があったが…。

 オリンピック・パラリンピックにおける最大のステークホルダーは選手たちでなければならない。だが、実際にはスポンサーやIOC、日本政府の関係者などのステークホルダーの方が上位にいることが明らかになった。選手ファーストは建前で、選手は手段に過ぎないのである。本当に選手ファーストならば、もっと早く開催延期その他を決めてやるべきだ。

 テレビ放映権を持つステークホルダーをはじめとするスポンサー企業は経済的な損得。IOCのバッハ会長は次期改選で不利にならないように。安倍総理は自民党総裁任期や4選を視野に。小池都知事は直前の都知事選にらみ。その他のステークホルダーの思惑が優先されたのだと思わざるを得ない。

 新型コロナウイルスといえばイタリアで患者数や死者数が多い。今回の選手置き去りのオリンピック・パラリンピックの開催延期にいたる過程を見ていて、ローマのコロッセオを思い出した。コロッセオは人と猛獣を戦わせ、それを見て楽しむための競技場である。猛獣に勝てば一躍ヒーローとして祭り上げる。だが、人が敗れることは死を意味するという残酷なものだ。

 オリンピック・パラリンピックの選手たちも約2000年前に猛獣と戦った戦士たちと同じような扱いなのだろうか。ステークホルダーたちにとっては手段でしかなく、利権や金儲け、自己保身、そして娯楽の対象なのかも知れない。そんなことを思うと、コロッセオと新国立競技場がダブって見えてくる。新国立競技場も立派なレガシーになることだろう。

 今回の開催延期を機に、オリンピック・パラリンピックの目的やあるべき姿を原点に返って考えるべきではないか。

2020年3月23日

テレ(フォン)ワーク

 新型コロナウィルスには困ったものだ。今でも多方面に影響が出ているが、さらに長引くようだと社会全体が大変なことになる。

 最近は通勤電車はすいているし、飲食店に入っても客が少ない。電車やバスなどの公共交通機関がすいているのは、学生が春休みに入っていることもあるだろう。だが、それ以上に大手企業などでは時差出勤やテレワークが増えていることの現れだ。しかし、テレワークが可能な仕事なら在宅労働でも大丈夫だが、テレワークができない仕事もある。その場合には感染のリスクがあっても、出勤しなければならない。

 自分も取材では人に会わなければならない。取材は対面が基本である。顔を会わせて1対1で話をすれば、微妙な表情の変化や、瞬間的な視線の動きなど、体全体から「答え」を感知することができる。口から発せられる言葉とは違った回答が得られるのである。だが、取材先まで移動しなければならない。また、ウィルス対策など先方の事情もあるだろう。

 その様なことから、自分も最近はテレワークをしている。テレワークは、テレ(tele=離れた)とワーク(work=働く)の造語だと今回、初めて知った。だが自分のテレワークはテレフォン・ワークつまり「電話取材」だ。何年かごとに電話取材を集中的にしている。最近では2018年1月~3月にかけて標準運送約款と運賃交渉や契約改定の状況について聞いた。その前は2014年5月~7月にかけて消費税増税(5%から8%へ)と運賃などの状況について取材した。今回は新型コロナウィルスの荷動きへの影響について、全国約100社から話を聞こうと電話している。だが、これまでとは気分的に違う。どうしても「テレワーク」という意識を持ってしまうのだ。

 電話をすると皆さん「久しぶり」といって忌憚なく最近の荷動きへの影響などを話してくれる。そして、多くの社長が「たまにはおいでよ」といってくれる。ある社長は、前回訪ねた時にはその日のうちに近隣の都市に移動したので、「今度来るときには取材が終わってから、いろいろと話がしたいので地元のホテルに泊まる予定で来て」という。あるいは、荷役作業の効率化と安全性向上のために「特許が取得できたから特許をとった機材を見て欲しい」とか、働き方改革を実現するために「この間、生産性をかなり向上できたから会って詳しく説明したい」など、ありがたいお誘いを受ける。

 このように多くの方から「ウィルス騒動が一段落したら来てよ」といわれて「必ず行く」と約束した。ウィルスが終息したら全国各地を取材して周ることになった。

2020年3月16日

股のぞき(天橋立)

 年明け早々に、もし京都や大阪に行くような機会があったら、今年は日程を調整して天橋立に行ってみたいな、と漠然と考えていた。そしたら2月下旬に丹波市の企業の経営者と都内で名刺交換し、3月に入ってから取材に行くという話になった。どこに行ってみたいなと考えていると、不思議にその方面から講演のオファーが来たりする。今回は取材だが、予期していなかったのに急に決まった。

 丹波市は兵庫県の内陸部で京都府との県境に近い。列車の窓から川の流れを見ていると、瀬戸内海側と日本海側への2方向がある。駅から送迎してくれた人に聞いたら、分水嶺は近いが標高がそんなに高くないため、実際の川の流れは複雑で、蛇行して逆方向になったりしているという。ともかく天橋立は近いので、丹波市で取材がすむと福知山(京都府)を経由して天橋立に行き、駅前のホテルに宿泊。翌日は天橋立を歩いて渡り、対岸を散策して、天橋立発14時55分の特急で京都に出て帰るというスケジュールだ。

 天橋立は松並木の中の道ではなく外海側の宮津湾沿いの砂浜を歩いて渡った。春のような日差しで、薄手のコートを脱いでちょうど良いぐらいだった。天候に恵まれて良かったと歩きながら、フッ、と頭に浮かんだことがある。それは、マスクで覆っている部分以外が日焼けする可能性だ。そんな顔になってはまずいと思い、マスクを外すことにした。幸い、ほとんど人がいない。それに大自然の中である。

 マスクといえば新型コロナウィルスだが、なにしろ観光客が少ない。天橋立駅に着いたのは前夜の19時16分だった。駅の改札を出ると、予約していたホテルは目の前だが、近くに飲食店の明かりが見えない。夕食はホテル内で食べた方が無難だなと考えてフロントで夕食を予約した。夕食の後に、廻旋橋の辺りまで歩いたら、まだ夜の9時前なのに全く人がいない。営業している飲食店もなかった。1軒だけローカル・コンビニが開いていたので買い物ついでに聞いてみると、「夜はいつもこんなものです」という。ホテルに帰って聞いても、この間、外国からの観光客は激減しているが、しかしコロナの影響がなくても夜は早い時間にほとんどの店が閉まるという話だった。

 籠神社も人出はまばらで、府中駅~傘松駅のリフトとケーブルもすいていた。商売をしている人たちは大変だろうが、当方としては品の悪い外国人観光客がいないのはありがたい。ゆっくり、のんびりと景観を堪能できた。傘松駅のところの展望施設では、股のぞきをした。股のぞきをしながら写真を撮ると、なんと! 写真の天地が逆に写っていた(当たり前か)。若い時に「何事も疑え」と仕事で教育されたので、常に物事を斜めに観るようにしてきた。だが、最近は被取材側も巧みになり、斜めに観られることを前提に発信したりする。斜めでは不充分で、真逆にとらえなければ世の中が観えないようになってきたかも知れない。股のぞきをしながら、そんなことを考えた。

 帰りは阿蘇海に沿った178号線を走る路線バスで天橋立駅に戻った。

2020年3月 9日

SHIMADAS (親バカ編)

 昨年(2019年)12月9日の当コラムで「SHIMADAS(シマダス)」を書いた。シマダスは日本離島センター編集・発行の日本の島ガイドである(4000円+税)。第1刷は昨年10月1日で、当コラムで書いた時点では、すでに増刷になっていた。

 このシマダスがけっこう注目されているようだ。というのは先週の水曜日(3月4日)にTBSラジオのACTION(15:30~17:30)の中のGUEST ACTIONというコーナーで、16:30から16:55までの約25分間にわたり、「日本の離島を全部網羅! シマダス編集者に聞く島の話」と題して採り上げられたからである。ラジオで採り上げるということは、旅行で離島めぐりをするファンや移住希望者など、離島に関心のある人達(リスナー)がいるということだろう。

 親バカを承知で書くと、このシマダスの編集を担当したのは息子で、TBSラジオのスタジオからライブで放送されるという連絡が当日あった。もちろん、仕事を中断してラジオを聞いた。初めてのラジオ出演なので期待と不安な気持ちで聞いていると、最初は少し緊張気味のようだったが、話しているうちにだんだん慣れてきたようだ。自分の経験からすると、テレビでもラジオでも、番組の司会者や出演者の人たちとライブで会話形式で放送される方が、普段と同じようにリラックスできてスムーズな話し方になれる。それに対して単独でのスタジオ収録は、なぜかぎごちなくなってしまう。もっとも、収録なら撮り直し(話直し)ができるし、編集してくれるので結果的にはそれらしく仕上がるのだが…。

 番組の中で、離島センターに入る前は「物流分野をやっていたことがあるので離島の物流などに興味を持った」といったことを話していた。奇しくも当日のTBSラジオでは全日本トラック協会(全ト協)が提供する「ドライバーズ リクエスト」という番組が放送された(13:42~14:00)。息子は離島センターに入る前には、全ト協が発行する「3PLマニュアル」などを作成したこともあったので、全ト協提供の番組と同じ放送日に出演するというのも不思議なめぐりあわせだ。

 ラジオ放送とは関係ないのだが、6月には四国に行く予定があるので時間を調整して手ごろな離島にいってみよう。

2020年3月 2日

「地震雷火事親父」より怖い!

 「地震雷火事親父」ということわざがある。このうち「親父」の意味については諸説があるらしい。ともかく怖いものを4つ、語呂が良いように並べたもので、どれが1番怖いかといった序列はないようだ。4つとも並列と考えてよいだろう。

 当社といっても自分1人の会社だが、事務所が入っているビルでは定期的に自衛消防訓練を実施している。ちゃんと防火責任者がいる会社は責任者が、そうでない会社はおそらく総務担当などの人が参加するのだろうと思われる。当方は1人なのでほとんど参加していない。

 この自衛消防訓練が3月9日に予定されていた。だが先日、郵便受けに「感染症の拡大に伴う自衛消防訓練の中止のお知らせ」と題する文書が入っていた。正確には「延期」ということで、全テナントが一斉に実施する全体訓練ではなく、テナント事業所ごとに個別に実施する訓練内容を検討しているという。つまり、新型コロナウイルスは「火事」より怖いという位置づけになるようだ。

 それにしても新型コロナウイルスへの政府の対応は場当たり的だ。初期の段階では、中国からの入国制限などが手ぬるかった。中国の機嫌を損ねないようにという「忖度」があったと思わざるを得ない。また、クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」についても、寄港受け入れ自体はかまわない。だが、受け入れてからの措置が的確だったかといえば、対処療法的にその場その場の対応になっていた。

 ましてや、全国の小中高校に対する一斉休校の要請にいたっては、熟考された適正な方針とは理解できない。たとえば小学校を休校にしても、学童保育で受け入れるのでは何のための休校なのかということになる。また、学童保育を必要としている父兄の事情なども、どこまで分かっているのか疑問だ。

 感染拡大が終息することを願うが、上手くいったら「私が責任をもって英断を下した結果」である。だが、なかなか終息に向かわなかったら、今回ばかりは秘書や官僚の責任に転嫁できない。そこで、要請に従わなかった自治体の首長や教育委員会、さらに国民の理解と協力が不十分だったから、ということにするだろう。

 それにしても、ウイルスと同じよう目に見えない放射能の脅威は、「地震雷火事親父」より下位に位置づけられているようだ。

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