見えてきたのはAIの近未来
新型コロナウイルスによって当たり前だった日常が一変し、非日常的な生活を強いられている。非日常的な生活が長引けば長引くほど、いままで見えなかったものが見えるようになってきた。
まず顕在化したのは貧富の差である。企業活動の停滞によって、雇用契約を解消されてしまった人たちがいる。あるいは雇用は維持されているものの、日給や時間給で働いていた(働かされていた)人たちは、会社が休業や自宅待機になると収入がなくなってしまう。また、アルバイトで学費や生活費を得ていた学生は、アルバイト先の営業自粛が続くと、学業が続けられなくなってしまう危機に直面している。
不安定な生活を余儀なくされている人たちがいかに多いか。このような人たちの労働の上に、大企業は内部留保(利益剰余金)を蓄えてきたのである。昨年9月の財務省の発表によると、2018年度の利益剰余金は7年連続で過去最高を更新したという。内部留保の合計は463兆1308億円(金融業・保険業を除く全産業ベース)にも上るようだ。
今回のような未曾有の危機に際して、大企業は内部留保の一部を取り崩せば、自社で働いている人たちの雇用を維持しつつ休業補償ができるはずだ。だが実際には、立場の弱い人たちを切り捨てて、さらに正規雇用従業員には税金から雇用調整助成金を引き出そうとする。財政支出は経営基盤の脆弱な中小零細企業や、社会的な立場の弱い人たちにより多く配分すべきだろう。
このように日常では見えなかったものが、非日常では見えてくる。さらに現在の状況は、近未来の社会の姿を先取りして見ていることに気づくべきだ。様ざまな分野でAI(人工知能)による自動化技術の開発が進められている。だが、AIの活用は技術面からの関心しかなく、人間生活にとってAIを有効に活かすことができるような社会のあり方には目が向いていない。
現在の社会構造を前提にAIによる自動化が進むとどのようになるか。良い商品を低コストでつくり、それを自動倉庫で保管して自動運転で運び、無人店舗で販売できるようになる。だが、購入する人がいない! AIによる自動化で必要がないとされた人たちは解雇されて無収入になる。それだけではなく、いまは正規雇用従業員でテレワークなど先端的な働き方をしていると錯覚している人たちの多くも、企業にとって必要なくなるのだ。
すると財政支出で支えなければ社会が成り立たない。要は分配の問題である。いま新型コロナウイルスで目の当たりにしている社会状況は、現在のような社会構造のままAIによる自動化が進んだ場合の近未来の姿なのである。
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