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2020年6月

2020年6月29日

精神的引っ越し

 今日は、我が事務所の引っ越しだ。午前中には廃棄やリサイクルに出す荷物の排出。午後は自宅に運ぶ荷物の持ち出しである。

 独立して1人で事務所を構えてから24年目になる。最初の約4年間は元勤めていた会社の片隅に机などをおいて居候していた。その後、京王線の初台駅から7、8分ほどの所に1.5坪の狭い貸事務所を見つけて入った。さらに現在の新宿駅西口のそばのビルに移ったのは2010年の9月だった。貸事務所の運営会社が、新宿区内でのサービスは新宿駅西口近くのビルに集約するというので移ったのである。東日本大震災の約半年前のことである。それから約10年が経った。

 独立して法人にはしたが1人の会社で実質的にはフリーで仕事をしている。フリーランスは自宅で仕事をしている人が多い(よほど売れていてスタッフを抱えているような人は別だが)。そこで、コロナ禍を機に賃貸契約の切れる6月末で事務所を閉鎖し、7月からは自宅で仕事をすることにした。それにしても、24年間にはいろいろなものが溜まるものだ。5月の連休明けから少しずつ不要な物を捨ててきたが、ものすごい量である。自宅にはあまり持っていけないので、この間、できるだけ捨てるようにしてきた。断捨離である。

 そして今日、引っ越し作業をする。だが物理的な引っ越しよりも精神的な引っ越しの方が大変かも知れない。頭の切り替えが重要で、一番の問題は通勤がなくなることだ。通勤電車というのは感性的に貴重な時間だ。五感でもとくに視覚と聴覚で、無意識のうちに感受する情報は豊富である。

 たとえば最近は少しずつ通勤電車が混むようになってきた。だが、以前と比べるとまだ何%程度だなと判断できる。そして男性の服装を見ると、以前よりもカジュアルな人の割合が多いような気がする。女性の手を見ていると、コロナ前よりもネイルをしている人の割合がかなり少なく感じる。このように視覚や聴覚からは、消費行動の変化や経済活動の回復の程度などを感受できる。これからは、それがなくなるのでどのようにカバーするかなど、新しい生活様式に挑戦しなければならない。

 自宅で仕事をするとONとOFFの切り替えも難しいので精神的なコントロールが重要になる。そのような意味で精神的な引っ越しが必要だ。

2020年6月22日

分水嶺(分水界)

 今年3月16日に「股のぞき(天橋立)」を書いた。兵庫県の丹波市から京都府の天橋立を回ったので、当コラムに書いたのである。丹波市では列車の窓から川の流れを見ていると、瀬戸内海側と日本海側の2方向への流れがあることに気づいた。駅まで迎えに来てくれた人にその話をすると、分水嶺は近いが標高が低いので川の流れが複雑で、蛇行して逆方向になったりしていると説明してくれた。天橋立に行く前に取材で訪ねた丹波市で、2方向への川の流れに気づいたのでコラムで触れておいたのである。

 すると6月18日の日本経済新聞(電子版)で「本州一低い分水嶺、丹波の町なかに」という記事があった。えっ、と思って読んでみたら、やはり丹波市の町なかに分水嶺があるのだという。日経の記事によると、「山から下ってきた高谷川の流れは水分(みわか)れ公園で分岐する。右の流れは由良川を経て日本海へ約70キロ、左の流れは加古川を経て瀬戸内海へ約70キロ」とある。そして「本州で最も低い中央分水界はさらに下流の石生(いそう)交差点付近にある」のだという。

 丹波市に行ったのは約3カ月前なのでわずかな時間しか経っていない。だが、この記事を読んで懐かしく思い出した。それに、列車の窓から漠然とみた川の流れも、見間違いではなく、やはりそうだったのかと確信できた。

 日経の記事にある本州で最も低い分水界の石生交差点付近は、ネットで調べたら標高が95mほどのようだ。そこから約800m東に水分れ公園がある。分水「嶺」というよりも分水「界」の方が的確な表現かも知れない。

 分水嶺(分水界)といえば、世の中はいま大きな分岐点にあるのではないかと思う。いうまでもなくコロナ禍で、これから社会全体が大きく変わろうとしている。社会が変わるという外的要因の変化に対して、その中で生きていく自分自身も変わらなければいけない。すなわち内的要因をどのように変えるのかが、今後の人生の分かれ目になる。まさに自分がいま立っている地点は分水嶺(分水界)といえるだろう。

 だが、人生の分水嶺(分水界)は自分で行くべき方向を選択することができる。かつて経験したことのない社会が到来しようとしているが、さて、自分は自らの意志でどちらの方向に進むか。不安もあるが、楽しみの方がより大きい。

2020年6月15日

リモート

 何度か書いているが、最近はリモート会議が増えてきた。全部が全部をリモート会議でできるわけではない。しかし、リモート会議でも十分可能な内容の打ち合わせなどはけっこうあるものだ。そのような会議であれば今後はリモート化すればよい。

 ただ誤解してはいけないのは、総てリモート会議で事がすむわけではない、ということだ。対面で話し合わなければならない内容もある。それをなんでもリモートで可能だし、それがこれからの新しい働き方だなどと錯覚する人もいる。しかもそれを信じ切って疑わないような人には、いずれ「あなたは会社にとって不要不急」というメールが入ってくるだろう。

 これは私生活においても同様だ。先週は4人いる孫の1人の誕生日があって誕生会をやった。長女の方の2人いる孫の下の方だが、いつもなら顔を会わせて誕生会をやる。だが、今年に限っては直接は会わずにテレビ電話で乾杯をした。また、4人の孫の中で最年長は長女の方の上の子だが、今年の4月から小学3年生になったのでドコモキッズを買ってもらったようで、上さんのところには時どきメールが来るようだ。昔では考えられないような時代である。

 だが一方では、就学前の2人の孫たちが自粛の毎日にストレスが溜まってしまったと、長男一家が久しぶりに泊まりにきた。このようにリモートで可能なものと、リモートでは不可能なものがある。それを上手に使い分けることができるようになることがこれからは必要だ。コロナがそれを教えてくれたことになる。

2020年6月 8日

マスクと給付金

 1週間が経つのは早い。前回も書いたように先週は断捨離の1週間だった。もちろん仕事をしながらだが、事務所を退去するまでの間にいらない資料などを毎日少しずつ処分している。それにしても20数年の間には、けっこう物が溜まるものだ。全部にさっと目を通しながら捨てているが、あれからもう何年になるのか、と懐かしく思い出す資料もある。

 それに先週は、お上のご慈悲でありがた~い思し召しがあった。1つは我が家にマスクが届いたことだ。緊急事態宣言が解除された後だが、間違っても遅いなどと思ってはいけない。このマスクは第2波、第3波に備えたものだと考えるようにしよう。そうすれば先手先手と迅速に対応するリッパな政府と感心できるようになるはずだ。

 もう1つは特別給付金の申請案内が届いたことである。必要項目を記入して返信したが、いつ入金になることか。それまでは粗食に耐えて、何とかやり繰りしなければならない。

 そういえば50日ぶりぐらいで散髪に行った。普通は毎月約1カ月ぐらいのサイクルで行くのだが、今回は何となく間隔が開いてしまったのである。この前に散髪に行ったのは4月上旬だが、その数日後から4月末まで約半月の間、自主的に休業したという。もちろん売上が減少したので持続化給付金をネットで申請したら、100万円がすぐに振り込まれてきたので意外に早かったと言っていた。

 この理容師は独立して約3年半になり、銀座の三越百貨店から300mほどの所に店を構えている。それまでは多数の店を持つチェーン店で働いていて、そのころからの付き合いだ。その店は海外にも支店があるので、彼はドイツのハンブルグ店に2年ほどいたこともある。

 その理容店に50日ぶりに行くと入り口のところに看板が出ていた。何だろうとみると、そこには独立時の借り入れ金額〇〇円、この間の返済額△△円、借入残額✕✕円と書いてある。コロナで自主的に休業していた間に金融機関に借入金残額を確認したので、書きだしたのだという。HPにもUPし、毎月、減っていく残額を表示するようだ。

 なかなか面白い。まぁ、若いが変わった男なので気が合う。わざわざ銀座まで散髪に出かける気になってくる。

2020年6月 1日

断捨離

 「断捨離」という言葉がある。そもそもはヨガからきているらしいが、片付けなどに使われたので広く知られるようになったようだ。

 この断捨離は、これまで自分の日常とかけ離れたものと思っていた。だが、長年にわたって仕事場にしてきた現在の事務所を引き払い、7月からは自宅で仕事をすることにしたので、23年余にわたって溜まった資料や書籍などの処分を5月の連休明けから少しずつ進めている。自宅は賃貸マンションで狭いので、持っていけるものも限られる。この約1カ月間は何から捨てるか、何を残すかを考える毎日だ。結局、だんだんと捨てるものが増えていく。

 20数年にわたって溜まった書籍や資料が、けっこいうな量になってしまった。物流関係の書籍については、社内に書籍コーナーを設けて社員が自由に読めるようにしてくれるという事業者がいるので、有効活用してもらうことにした。ずっと昔に連載した雑誌などは思い切って捨てることにした。残念だが原稿データは残しているので仕方がない。自分が関わった各種の委員会などの資料も古いものは処分することにした。そんなことで、何を残すか、何を処分するかを判断しなければならない。

 また、自分が有限会社を設立して以来20数年分の決算関係資料も全部残してあったが、古いものは処分することにした。これはシュレッダーにかけないといけない。まぁ、見られても大したことはないのだが、それでも気分が良くないので毎日、少しずつシュレッダーにかけて処分している。20年以上になると、これもけっこうな量になる。

 このように過去の資料などを処分していると、ある意味では1から再スタートするような気持になってくるから不思議だ。見方を変えると、シュレッダーは過去を裁断する機械なのかもしれない。

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