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2020年8月

2020年8月31日

「悪夢」に終止符を

 なぜか最近、ふとした思い付きや、変な予感が当たるので不思議だ。8月28日の朝も約2時間ほど散歩した。いつも散歩しながらいろいろなことを考える。締め切りが近い原稿があれば歩きながら頭の中で原稿を書く。28日は何もなかったので、あれこれ妄想しながら歩いた。

 すると、夕方に安倍首相が記者会見することを思い出し、直感的に辞意を表明するかも知れない、と思ったのである。もし、自分がスキャンダラスな新聞の編集責任者だったら、今朝の朝刊トップの見出しは「安倍首相 今夕会見 辞意表明か」にしただろうと思った。もちろん、最後の「か」は注意しないと読めないぐらいの小さな字である。これなら「まさか」と思って、コンビニやスタンドで売れるだろうと妄想していた。

 その後、仕事をしていて首相会見のことなど忘れていたが、15時ごろ「辞意を表明する見通し」というニュースの見出しをネットでみた。通信社や新聞社の配信なので裏づけは確かだろうと思った。事実、直感の通り当日夕方の記者会見で安倍首相が辞意を表明した。

 新聞社や通信社、テレビ局の番記者や政治部は、首相会見で辞意表明の可能性をかなりの確率で知っていたはずだ。それを「突然」であるかのように報じている。与党の政治家も「突然のことで驚いている」などとコメントしているが、白々しい限りだ。

 夜のニュースを観ていて、やっと7年8カ月にわたる「悪夢」から解放されると実感した。「悪夢」というのは、①経済政策では「アベノミクス」。②法律では「特定秘密保護法」、「安全保障関連法」、「共謀罪法」など。さらに③お友達政策では「森友・加計学園」問題、「桜を見る会」。④政治的には「河井克行・案里両被告」の問題、「秋元司容疑者」の問題、これらにも関連しているのが「黒川弘務検事長定年延長」問題。⑤国会運営や行政面では、説明責任回避、公文書改ざん、官僚人事と忖度の蔓延。そして⑥コロナ対策の失敗だ。

 「アベノミクス」の恩恵にあずかった人たちは経済政策を評価している。長期にわたる金融緩和政策で円安、株高になったが、株高の裏には上場投資信託(ETF)を通した日銀の株の買い支えもある。また、同じく日銀の国債保有による財政政策は財政再建に逆行している。長期にわたる低金利政策は、銀行の諸手続きの手数料値上げなど、そのツケを国民に転嫁してきた。さらに、雇用拡大といっても不安定な安い労働力としての非正規雇用者の増加により、正規雇用者の賃金を上げても所得水準は上がらず、国内需要の拡大やデフレ脱却には至っていない。不安定な雇用条件による雇用拡大は、コロナ禍でその実態が露わになった。

 そのような安倍政権が長期間続いた一番の理由は小選挙区制にある。小選挙区制の弊害が顕著に現れたケースだ。また、議院内閣制では自民党の次期総裁がほぼ総理大臣になる。自公連立に維新や、立憲民主党との新党に参加しない国民民主党の一部の議員も大連立に加わる可能性はある。いずれにしても次期首相も保守政権には違いない。だが、保守政権でも「悪夢」を継承する政権ではなく、まともな保守政権になってほしいものだ。

 それにしてもキャリア官僚も大変だ。7月に幹部クラスの人事異動があったばかりなのに、首相が変われば短期間で再び異動する人も出てくる。権威をかさに大きな態度をとっていた官邸官僚が、出身省庁に戻って冷遇されるようなら「まともな保守政権」、出身省庁に戻って厚遇されるようなら「悪夢継続政権」という見方もできる。

2020年8月24日

コロナ閉塞

 新型コロナウイルスの感染拡大がなかなか終息しそうにない。当分はコロナとの共存(ウィズコロナ)が続きそうだ。秋には様ざまな恒例行事があるが、感染防止のためにほとんどが中止を余儀なくされている。困ったものだ。

 そのような中で、「コロナ云々」という表現が出てきている。もっとも大きな影響を及ぼしているのは「コロナ不況」であろう。内閣府の発表によると4月から6月までの第1四半期のGDP(国内総生産)は年率換算で27.8%のマイナスで、これは戦後最大の落ち込みという。「コロナ不況」の影響を受けて、トラック運送業界では「コロナ運賃」という言葉を聞くようになった。コロナで業績が大きく落ち込んでいる企業が、取引先の運送事業者に運賃値下げを要請したり、他方では、仕事量が減少した運送事業者の一部が自ら低運賃を提示して荷物を開拓しようとする、といったネガティブな状況を言い表している。

 それに対して「標準的運賃」を実現しようという動きが始まった。「標準的運賃」とは2018年に貨物自動車運送事業法が改正され、2024年3月までの時限措置として「標準的な運賃の告示制度」が創設された。そもそも改正事業法は働き方改革を実現することを目的にしたもの。標準的運賃は、トラックドライバーの労働時間が全産業平均より約2割長く、年収は1~2割低いという実態を全産業並みにするために必要な原資の確保として設定された。だが、「コロナ運賃」など逆風が吹いているのも事実である。

 それはともかく、その他にも何かにつけて「コロナ云々」と呼ぶことができそうだ。自分自身に当てはめてみると「コロナ閉塞」といった精神状態にあるような気がする。何かにつけて無意識のうちに自主規制的な心理が働いてしまう。そのような窮屈な日常に慣れてしまい、閉塞感に陥ってしまっている。

 先週も書いたように9月は感染拡大が終息しそうになさそうだ。10月以降には何とかなるだろうと、希望的観測に賭けるしか術がない。

2020年8月17日

「9月危機」説

 今年のお盆休みは帰省しない人が多いようだ。飛行機や電車の乗車率も低い。自分も1月下旬に福岡を往復して以来、半年以上も飛行機に乗っていない。1年も前から予定に入っていた札幌での5月の講演も中止になった。それ以外にも、この間は遠方への出張が極端に減っているので、新幹線や在来特急にもほとんど乗らない。そんなことで、ここ数カ月は交通費の支出が少なくなっている。

 わが家でも、今年の夏は長男一家と長女一家が泊まりに来る日を分離した。孫たちは一緒に遊びたかったようだが、長女は病院勤務だし、万が一のことを考えるとできるだけ接触を避けた方が良い。そんなわけで前半は長男一家、後半は長女一家と延べ1週間は騒がしい日々が続いた。それが過ぎると「台風一過」のような静かな日常に戻った。同時に、今年の夏も終わったな、という感じがする。実際には猛暑の毎日が続いているのだが、気分的には夏の盛りが過ぎた観がするから不思議だ。

 そんな中、あるシンクタンクの研究員から連絡が入った。彼は国内の景気回復の見通しなどを予測していて、当方も物流市場に関しては手伝ったりしている。だが、この間はリモートによる打ち合わせばかりだった。そこで、別の案件もあるので9月に入ったら久しぶりに会って打ち合わせしようと言ったら、「森田さん、9月は8月よりも感染者が増加するという予測が出ていますよ」という。国内の需要回復を予測するにはコロナの動向が大きなファクターになる。そこで、コロナの感染状況などを予測している研究機関のデータを調査したら、ほとんどが8月よりも9月の方が感染者が増加するという予測になっていたのだという。

 その数日後には、ネット上にも「9月危機」説が出ていた。研究機関には悪いが、予測が外れてくれることを願うばかりだ。

2020年8月10日

メガネと視界

 約20年間にわたってメガネをかけてきた。通常の生活でかけるメガネと、新聞や本を読んだりパソコンをする時かけるメガネの2つである。ところが最近、普段かけていたメガネをかけなくなった。文字を読んだりパソコンをする時のメガネは従来通りかけている。

 自宅で仕事をするようになってからは、ほとんど毎朝、ウォーキングをしている。マスクをして歩くので息苦しいが、これは仕方ない。しかし、汗をかくのでメガネは邪魔だ。そこでウォーキングを始めた最初の日からメガネをかけないようにしたのである。すると2週間ぐらいしたら、普段の生活でもメガネが邪魔になってきた。というのは、普通にテレビを観たりするにも、メガネなしの方がハッキリ見えるようになってきたからだ。ある時、ウォーキングから帰ってきてシャワーを浴び、いつものようにメガネをかけたら違和感があった。夜もテレビを観ていたら何だか少しぼやけて見える。そこでメガネを外したら、その方がハッキリ見えるようになったのである。

 そんなことで、普段はメガネをかけないことにした。最初は少し変な感じがしたが、徐じょに慣れてきてメガネなしの日常にしたのである。パソコンに向かって仕事をするときには以前からかけていたメガネをかけるが、日常生活用のメガネはかけなくなった。暑くて汗を拭くときなどはメガネなしの方がずっと良い。それが目にとって良いのかどうか分からないが、約1カ月後には病院で検査の予定がはいっていて、併せて目の検査もすることになっているので、その時に相談してみようと思う。

 このように普段はメガネをかけないことにしたのだが面白いものだ。ウォーキングの途中で、いつもの時間帯にいつもの交差点などでは、いつも同じ運送会社のトラックを見る。そのようなトラックの中の1台の会社の経営者と会う機会があった。感染予防のために広い会場に間隔を取って席を設けたセミナーで講師に呼ばれた。終了後、出席者のある経営者に「朝の散歩の途中に、〇〇で何時ごろ、貴社のトラックをよくみるよ」といったら「それは△△に何々を納品に行っているトラックです。〇〇の交差点の近くでは、森田さんに見られているかも知れないので、特に安全に注意して運転するようにドライバーに言っておかないといけない」というので大笑いした。

 こんなことで、メガネなしでも視界は良好だ。

2020年8月 3日

定期券なしの生活へ

 家で仕事をするようになって丸1カ月が過ぎた。7月を乗り切って、少しずつ新しい生活スタイルにも慣れてきた感じがする。先週は取材の他に対面での会議とある委員会が1つずつ、リモートの打ち合わせが3件、自分が発行しているリポートの原稿を仕上げて発送、外部の媒体に連載している原稿を2本書いて入稿と、それなりに軌道に乗ってきたように思う。

 取材や対面での会議、委員会などには家から直行するようになった。しかし、決められた時間から逆算して出発すればよいので、比較的ゆっくり家を出ることもある。たいていは、いったん新宿に出ることが多いが、電車も朝の通勤時間帯とは違って比較的空いている。だが、帰りは夕方の帰宅時間帯になることが多く、電車が混んでいる。

 このような移動の電車の中では、いろいろな変化を感じる。たとえばこの間に、ネイルをしている女性がものすごく減った。感染予防のために休業していたネイルサロンもあるだろう。また、最近は頻繁に手洗いをしたり消毒をしたりするようになったことで、ネイルをする人が減っているのかも知れない。だが、それだけではないような気がする。在宅勤務や外出自粛を通して、可処分所得からの支出によって得られる満足感といった価値意識が変化してきたのではないだろうか。

 ネイルをしている女性が減っている、というのは目に見える1つの現象に過ぎない。それ以外にも様ざまな面で、この間、生活様式や価値意識の変化が進んでいる。たとえばテレワークになれば通勤しなくても良い。これからはずっとテレワークになるのならと、東京から自然環境の良い地方に移住する人もいるようだ。そこから週に1回ぐらい出社するのなら定期券はいらない。

 自分も7月から家で仕事をするようになったが、定期券の期限が7月末まで残っていた。そこで7月は何日ぐらい出かけるかを調べてみた。今までは6カ月間の定期券を継続的に買っていた。それを1カ月に換算すると、定額の乗車券の何回分に相当するか。頻繁に新宿に出るのなら、通勤はしなくても定期券を継続して持っていた方が得だ。計算では週に4日、月16日ぐらい新宿を往復すると定期券と定額乗車がほぼ同額になる。7月の実績から見ると、定期券を買わなくても良いと分かった。新宿に出るのは最大でも月16日程度だろうと思われるので、定期券を買わないことにしたのである。

 あらためて考えてみたら何10年間も定期券を持っていたのだが、8月からは定期券なしの生活になった。これも大きな変化の1つだ。

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