« 2021年1月 | トップページ | 2021年3月 »

2021年2月

2021年2月22日

『広告』は雑誌or書籍?

 博報堂から2月16日発行の『広告』が当日午前着で送られてきた。「2月16日の発売当日に届くように宅配を手配しました」というメールが2月上旬に編集部のIさんから来ていた。

 『広告』は書名なのだが、雑誌なのか、それとも単行本なのか良く分からない。創刊は1948年(昭和23年)というから70年以上も前だ。小野直紀編集長の前書きによると、もともとは定期的に発行して大手取次を通して販売していた雑誌だった。しかし、「1円で販売したい」、「毎回、価格も判型も変えたい」、「発行スケジュールは柔軟にしたい」といったように、既存の発想から脱した企画を考えたら、取次から取扱うのは難しいと言われてしまったようだ。たしかに自由な編集・発行のようで、今号も最初は昨年12月の発刊予定という話だったが、実際の発売は2月16日になっている。

 編集部のIさんから最初にコンタクトがあったのは昨年10月で、当方の連絡先が分からなかったために日本物流学会の事務局経由だった。今号は通巻415号で特集は「流通」である。その中に世羅孝祐氏の「輸送進化論・世界は輸送でできている」が収録されているが、メールの主旨は世羅氏への取材協力の依頼だった。

 実はIさんは同郷の若い女性だ。私が卒業した中学校は、その後、いくつかの中学校と統合された。彼女は統合後の中学校の卒業生なので、かなり歳を隔てた後輩ということもできる。「同郷の方と仕事でご一緒するのは初めてです」という。そんなことで、取材が始まる前の雑談は極めてローカルな話題で話が弾んだ。

 ところで『広告』は、今まで見たことがない実に凝った製本で、それだけでもコストがかかっていることが分かる。また、執筆者も多彩で内容もなかなか面白い。時間もコストも労力もかけた商売っ気なしの本(雑誌)である。総じていえば編集長の趣味の世界だが、約470ページもあり、内容も充実していて読みごたえがある。物流関係者は物流の世界だけで発想してしまいがちだが、「流通」全体、さらには生産、消費も含めた中での物流を見つめることも必要だろう。税込み3000円でネットや大型書店で購入できるので興味のある方は一読されたい。

2021年2月15日

公明正大!?

 東京オリンピック・パラリンピック組織委員会における、森会長辞任と新会長の人選を巡る一連の動きは、社会の裏側の仕組みを白日の下にさらけ出した。事の発端は森喜朗氏の問題発言で、女性蔑視だと国際的にも批判を浴びることになった。これは森氏に限らず日本社会におけるジェンダー平等やダイバーシティーなどへの潜在的な意識水準を如実に表した出来事といえる。

 次には政治決着という問題だ。菅政権や組織委員会などは当初、森氏が謝罪して会長続投のまま早期に鎮静化が図れると甘く考えていたようだ。国際オリンピック委員会(IOC)も森氏の謝罪で一件落着と一度は表明した。ところが、IOCは手のひらを返した。実にドライな豹変である。

 では、なぜ辞任に追い込まれたのだろうか。一見、世論が事態を動かしたかのようだが実態は違う。世論の力も否定はしないが、決定打となったのはスポンサーの意向ではないか。「オリンピック精神」なるものの本質が露わになったといえる。なお、IOCのバッハ会長、組織委員会の森会長、橋本五輪相との4者会談への不参加を表明した小池都知事の言動は、世論の動向をみて、ここで不参加を表明したら人気取りに有利になるという単なる打算のパフォーマンスだったと思う。

 一連の騒動で割りを食ったのは川淵三郎氏である。森氏との会談の後でマスコミに取り囲まれ、「正式に決まっていない」という前提ながら「最後の御奉公」と語った。だが、「高齢である」、「密室で決めた」、「選出過程が不透明」といった様々な批判が噴出した(不思議なことに森氏が会長に就任した時には、高齢、密室、不透明などの声がほとんど聞かれなかった)。そして「若い人が良い」、「女性が良い」、「公明正大な手続きが必要」などの意見が百出した。その結果、川淵氏は辞退を表明することになった。

 この過程で川淵氏の「最後の御奉公」という言葉が印象深かった。単に年齢的なことだけではないだろうと受け止めたからだ。まずオリ・パラが開催できるか否かという問題がある。中止になれば開催派からは必ず批判が出る。一方、開催となっても通常通りの形では難しく、どのような方式かで意見が分かれ、結果的には批判される。このように、どんな結末になろうとも批判を免れることはできない。誰がなっても新会長は汚れ役である。また、大きな力を持つスポンサーや、平然と手のひら返しをするIOC関係者などとも渡り合わなければならない。つまり将来、様々な公職に就く可能性を秘めた若い人を会長にして、経歴にキズを付けることになってはいけない。川淵氏の「最後の御奉公」という言葉には、年齢的なことだけでなく、自分が泥をかぶって身を引く、という意味も含まれていたのだろうと恣意的に解釈している。

 それにしても「政治的空白は避けなければいけない」という名分で、党員投票もせずに自民党総裁になった総理とその閣僚たちから、密室談合はダメとか、人事の公明正大さといった発言が出るのだから滑稽だ。「若い人」や「女性」、「選出プロセスの透明性」などはもっともらしい建前に過ぎない。無観客であってもとにかくオリ・パラを開催したい菅政権にとっては、自分たちの意向を汲むような会長にしたいというのが本音だろう。それを「俯瞰的」「総合的」判断による人選というらしい。奇しくも様々な組織の人選への介入の実態までもが見えてきた。

 このように東京オリ・パラは完全に政争の具になってしまった。「社会の裏側」が垣間見えた騒動である。

2021年2月 8日

腕時計なしの生活

 10日ほど前から腕時計なしの生活をしている。年明け早々の1月5日に、腕時計のバンドがおかしくなってしまった。朝のランニングを終わって帰り、シャワーを浴びるために腕時計を外そうとしたらなかなか外れなくなってしまったのである。ちょうどその日は都心に出る仕事があったので、ついでに修理に出すことにした。以前にオーバーホールしてから6、7年は経っているはずなので、ついでに点検をしてもらうことにした。メーカーの工場に送って見積もりをとってからになるので、かなりの時間がかかると予想される。その間にも時計が必要なので10年以上も使っていない腕時計を持参して電池を入れてもらった。その時計もオーバーホールしたり一部の部品を取り換えないと動かなくなるかも知れないということだった。だが、修理の間だけ使えれば良いので電池を入れてもらうだけにした。

 その後、見積金額の連絡がきて了解したのだが、その時点では2月下旬までかかるとのことだった(結果的には早くなり本日午後に引取る)。それでも仕方がないと思っていたら、10日ほど前に、やはり朝のランニングの途中で時計が止まってしまった。この時計も修理に出すなどはしたくない。そこでこの間、腕時計なしの生活になったのである。

 若い人の中には腕時計をしない人もいるらしい。携帯電話(当時はガラケイ)が普及したころからである。携帯電話があれば腕時計をしなくても時間が分かるからだ。しかし、長年の習性で時間を確認しようと無意識に腕を見てしまう。そして、当分は時計のない生活だったことを思い出す。

 パソコンで原稿を書いている時などは画面に表示されている時刻を見ることができるから良い。一番厄介なのは取材である。先方の都合で取材時間にリミットがある場合には、約束の時間内に取材したい内容を聞き出さなければならない。時間を確認しながら質問項目の優先順位などをあれこれ考えつつ会話をコントロールする必要がある。時計が正面の壁に下げられていたり、サイドボードの上に置かれている応接室なら良いのだが、スマフォで時間を確認しつつというわけにはいかない。


 今週の木曜日、2月11日は誕生日だ。腕時計がなければ時の流れが止まり、これ以上は歳を取らないのなら良いのだが。

2021年2月 1日

リモート取材

 ある上場企業の社長にリモートで取材をした。昨年12月上旬に取材をお願いしたら、「社長が喜んでいます。できるだけ早く取材日を決めるようにとのことです」と秘書の人から連絡がきた。そこで当初は12月中旬に対面で取材することになっていたのだが、出張予定が急に変更になったために都合がつかなくなったと2、3日前に秘書から連絡が入り、年明けにスケジュールを再調整することになった。その間にコロナの緊急事態宣言が出た関係もあり、一番早く予定が取れる日時にリモートで取材することになったのである。

 コロナ禍で、昨年からリモートによる会議や情報交換などをしばしば行うようになった。直接出席かリモート参加のどちらかを選択できる委員会などでは当方がリモート参加を希望するので、リモートでの話し合いが複数回という日もある。

 だが、リモート取材は今回が初めてだ。取材はやはり対面が良い。微妙な表情の変化などを感知することも取材の重要な要素の一つだからである。対面がダメならば電話取材が次善の方法である。電話では表情は見えないが、それでも会話の僅かな「間」や声の変化などによって感触が伝わる。だが、リモートとなると未経験ということもあって、やりづらいという先入観が強かった。

 案の定、最初は会話の間合いがかみ合わなかったり、顔の表情の変化にもタイムラグがあるなど少しチグハグだった。だが、何度か対面で取材している社長なので、話している間に双方で通じる阿吽の呼吸とでもいえるものがあることを感じてきた。そして最後はコロナが終息したら直接お会いしましょう、ということで取材を終えた。

 当初、危惧していたよりはずっと内容のある取材になった。リモートという意識があると、ムダな話しを省いて本題だけ要領よくポイントを絞って話さないといけないような気になるからだろう。だが、これは気脈が通じる相手だから可能ともいえる。全部を細かく説明しなくても、要点だけを受け答えすればお互いに理解できるからだ。なじみのない人にリモート取材というのは、やはり難しいという思いを強くした。

« 2021年1月 | トップページ | 2021年3月 »