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2021年6月

2021年6月28日

「リンゴ」堕ち「独裁権力」を知る

 香港の「リンゴ日報」が24日の朝刊発行をもって廃刊した。「廃刊した」というより、政治権力によって「発行停止に追い込まれた」のだ。今回、初めて知ったのだが同紙は26年の歴史という。小生が発行している「M Report」が現在25年目なので、それほど変わらない。だが、存在価値は雲泥の差で、比較すること自体が無謀といえる。

 ずっと昔のことである。ロシア語の先生が授業中に話してくれたことを思い出した。そのころはまだロシアではなくソ連だった。当時、ソ連で発行されている2大新聞? といえば「プラウダ」(共産党機関紙)と「イズベスチャ」(ソ連政府の広報誌)である。ロシア語でプラウダは「真実」や「正義」、イズベスチャは「報道」といった意味だ。

 先生の話は次のようなものだった。ある人が新聞などを売っている売店に行って「プラウダ(共産党機関紙)をくれ」といったら、売店のおばさんが「我が国にはプラウダ(真実)なんか1つもないよ。イズベスチャ(広報紙)なら何種類も発行されているがね」と言ったのだという。当時のソ連社会を風刺した小噺で、学生はみんな大笑いした。

 テレビでリンゴ日報廃刊のニュースを観ながら、若いころにロシア語の先生から聞いたその小噺を思い出したのである。これからは香港も、中国本土と同様に共産党や政府の広報紙誌ばかりになってしまうのか……。

 アイザック・ニュートンはリンゴが木から落ちるのを見て万有引力を閃いたという説がある。世界中の人びとは、香港で「リンゴ」が堕ちたのを見て、「独裁権力」の恐ろしさを再認識することになった。同時に、権力者は自らの政策や統治に自信がなく、臆病であることを世界中に「広報」してしまった。だが、落ちたリンゴの種は地中で着実に育ち、いずれはたくさんの実をつける強い木になるだろう。媒体は失っても、ジャーナリスト魂はあらゆる手段を駆使して事実を報道し続けるはずだ。

2021年6月21日

「神風」頼り

 10都道府県に出されていた緊急事態宣言は、沖縄県を除き20日で解除された。そのうち東京都など7都道府県はまん延防止等重点措置に移行した。これは当初から予想していた通りだ。オリンピック・パラリンピックの開催を強行することを前提にした予定調和的な手順である。

 東京が緊急事態宣言下にあっては、さすがにオリ・パラ開催の強行には反対意見がでる。できれば緊急事態宣言を解除したいが、その結果、オリンピックの開会までに新型コロナウイルスの感染者が急増したら、世界的にも開催反対の声が高まるだろう。そこで、緊急事態宣言は解除するが、まん延防止等重点措置に移行し、実質的には緊急事態宣言に匹敵するような厳しい措置をオリンピック開会の直前まで敷いて感染拡大を防ぐ。開会してしまえば後は流れのままで、かりに再び感染者が増加してきてもパラリンピックの閉会まで引っ張ってしまう、という見え透いたシナリオだ。

 スポーツでは通常でもホームアドバンテージというのがある。まして海外からの観客がない(あるいは極めて少ない)状態の中では、日本選手にとっては一そう有利になる。物理的にも外国選手は日本に入国してからの練習時間や環境などでハンディがあり、滞在期間中の精神的ストレスもいつにも増して大きい。そこで日本選手のメダルラッシュとなれば、開催して良かったという人たちが増え、感染者の増加などネガティブな面を打ち消してしまう。その高揚感の中で総選挙を行えば、菅政権の継続につながるというわけだ。

 いや、その前に日本では必ず「神風」が吹いて、オリンピック開会日までには新型コロナウイルスの新規感染者が奇跡的にほとんどいなくなる。世論の反対にも怯むことなく、オリ・パラ開催を強行した英断とリーダーシップに日本国民は喝さいを送ることになるだろう。「神風」という最強の味方がいるのだから、最悪のシナリオなど想定する必要がない。最良のシナリオ通りに推移すれば誰の功績かは言うまでもない。また、主観的願望のようにいかなかった時の責任など、いっさい答えなくても良いのである。あえて責任という局面になれば、中止をハッキリと提言しなかった専門家に責任があるということにすれば良い。

2021年6月14日

ワクチン接種

 ついに新型コロナウイルスのワクチンを接種することになってしまった。「なってしまった」というのは、できることなら予防接種などしたくはなかったからだ。しかし、そうもいかないので、いやいやながら接種した。だから、接種前に接種の意志を確認されたが、「できればやりたくないが、しょうがないでしょう」と答えた。

 5月10日付の当コラムにも書いたが、病院に勤めている長女から「翌日は予定を入れないでおいた方が良い」、と言われていたので1回目の接種を一昨日の土曜日(12日)にした。2回目は7月10日土曜日の予定である。何曜日でも良いなら、もっと早く終わっていただろう。

 接種会場では予約時間の順番を待つ人たちが間隔をおいて椅子に座っている。また、接種後も経過観察のために15分間程度、椅子に座って副反応などの様子をみる。だが、そこで目にする光景は、様々なところで見慣れている順番待ちとはかなり様相が違う。高齢者ばかりなのでスマホをいじっている人が若干名しかいない。最近は人が集まる場所では、スマホを操作していない人は圧倒的に少数だ。そのような光景が普通になってしまった。高齢者ばかりだと、携帯電話もスマホもなかった昔懐かしい待合室という雰囲気を感じる。

 また、付き添いの人と接種に来ている高齢者も少なくない。その様子を見ていると、高齢者の多くがネットで予約などできるわけがないだろう、と強く感じる。行政は自己都合だけで申し込み方法を決めるのではなく、高齢者の人たちの実態を踏まえるべきだ。そんなことをいうと、デジタル改革担当大臣に脅されるかな!? おぉ、怖い。

 接種した翌日(13日)は、注射した腕の周辺が筋肉痛のような感じになった。これも副反応なのだろうか。そこで念のために安全策をとり、ランニングはしないでウォーキングだけにした。それでも終日、全身がだるかったのでゴロゴロしていた。

 ワクチンを接種したからといって、新型コロナウイルスに感染しないということではない。感染の確率が低くなるという程度だろう。だが、2回目の接種が終わった人は、全員マスクを外して自由に動き回ることにしようではないか。なんてったって「安全で安心な」オリンピックが開催できるぐらいなのだから、文句を言われる筋合いはないだろう。

2021年6月 7日

適度な雨が良い

 雨や曇天の日が多くなってきた。農作物などには適度な雨が必要だ。しかし、近年は集中豪雨による被害が各地で多発している。適量の雨は有益だが、降り過ぎると有害になってしまう。反対に雨が降らなくても干ばつで困る。

 個人的にも適度な雨が良い。雨が降らない日は基本的には毎朝、走ったり歩いたりするようにしたのが昨年の7月からなので、もうすぐ1年になる。仕事のスケジュールの関係で朝6時ごろかそれより早く家を出なければならない日はムリだが、8時ごろ出かければ良い日は1時間ぐらい歩いたり走ったりする。家を出るのが10時ぐらいでも間に合う日は2時間ぐらい時間をかけている。

 だが、何日間も雨が降らないで、朝の運動が1週間以上も続くと疲れの蓄積を実感する。年齢のせいだと思うが、疲労が回復しにくくなってきた。体調が良い日は走るペースが自然に速くなるので、ムリをしないようにセーブしながら走る。だが、疲れが残っている日は、走りながら今日はいつもよりペースが遅いなと感じる。そのため明日あたり雨でも降らないかな、と思うこともある。

 とはいえ逆に雨が2日も続くと、朝の運動ができないので体がなまってしまうような気がしてくる。できれば四季を通じて1週間に1日ぐらいの間隔で雨が降ってくれれば体力的には理想だ。

 これからしばらくの間はいやな天候が続く。その後は猛暑が待っている。四季のハッキリしている日本にいるのだから、ありがたいと思って季節ごとの変化を楽しむようにするしかないか。

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