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2021年9月13日

同時多発テロから20年

 20年前の9月11日、アメリカで同時多発テロが起きた。アメリカン航空11便がニューヨークのワールドトレードセンター・ノースタワーに激突。続いてユナイテッド航空175便がサウスタワーに突っ込んでいった。ノースタワーを映していたニュース番組のテレビカメラが、サウスタワーにユナイテッド機が激突する瞬間をとらえた。日本のテレビのニュース番組でも、高層ビルに向かって突き進んでいく航空機の姿を放送。航空機の激突から間もなくノースタワーが崩壊していく様は、あたかも映画の一シーンのように思えた。

 同時多発テロでは、さらにアメリカン航空77便がバージニア州アーリントンの米国防総省に激突。さらにハイジャックされたユナイテッド航空93便がペンシルベニア州シャンクスヴィルに墜落した。

 当時のブッシュ大統領はアルカイダによるテロと断定。アフガニスタン紛争が勃発した。アメリカ軍はアルカイダの指導者であるオサマビン・ラディンを首謀者として追跡し10年後に殺害した。この紛争で進駐した駐留アメリカ軍が8月末にアフガニスタンから撤退した。アフガニスタン国内ではアメリカ軍が撤退する以前から再びアルカイダが実権を握り、同時多発テロ20年の直前に暫定政権の樹立を発表した。

 20年前にテレビで衝撃的なニュース映像を観ながら、同時に別の思いが頭の中を駆け巡っていた。それは「行けるか、行けないか」、「行くか、止めるか」だった。何事もなければ、同時多発テロが勃発した1週間後にニューヨークに到着する予定だったのである。できれば行きたいが、難しいだろうな、どうすべきかな、とニュースを観ながら逡巡していたのだ。

 だが翌日には、訪問予定だった各企業から「日本から来られても対応できる状況にない」という連絡がエージェントを通して入ってきた。それで中止を決断することができた。また、テロ勃発時に知り合いの一行がニューヨークにいるのを知っていたので、後日、連絡したら帰途につく直前にテロが発生して足止めになり、急遽、宿泊先を確保して何日間か現地に留まったということだった。あれから、もう20年が経った。

 ところでアフガニスタンの在留邦人の帰国や、アフガニスタン人の国外退避支援者の国外脱出はあまり進んでいないようだ。日本政府の脱出支援は失敗といって良い。だが、その責任を野党も追及しているようには見えない。さらに、このような事態をマスコミは独自取材でもっと取り上げるべきなのに、記者会見などでも質問していないようだ。この20年間で、日本の外交はどれだけ変わったのだろうか。

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