« 「夏が過ぎ」を実感 | トップページ | 同時多発テロから20年 »

2021年9月 6日

当コラム500回

 2012年1月9日から書き始めた当コラムも、毎週月曜日のUPで1回も欠かさず書き続け、今回で500回目になった。早いもので約9年9カ月が経ったことになる。そこで今回は何を書こうかと考えたのだが、「デジタルの便利さと怖さ」にした。

 取材などで何カ所かを回る予定で、最寄りの多摩モノレールの万願寺駅にいった。Suicaの残金は2000円ぐらいあったが、改札を入る前にチャージしようと券売機にSuicaを入れて現金を入金した。しかし、券売機が故障のようでカードが戻ってこない。ボタンを押して呼び出しをするようにと表示されている。万願寺はほとんどの時間帯が無人なので、「できるだけ早くモノレールで駅員を向かわせるので待ってください」という。だが、上り、下り両方のモノレールが何回か来ているのに、なかなか駅員が来ない。イライラしてまた呼び出しボタンを押して「まだか」といったら、「もう少し待っていただいても良いでしょうか」という。そこで「良いも悪いも待たないわけにはいかないだろう」と少しきつめにいった。

 やっと駅員がきて、券売機からSuicaと現金を出し、違う券売機でもう1度チャージしてくれという。だが、どの券売機でやっても同じ結果になる。結局、Suicaの裏の部分が「擦れてかすれているので読み込めないのだろう」という。残金があるので立川まで行ってJRの駅で見てもらってくれという。そんなことでモノレールに乗るまでに40分以上かかってしまった。JR立川駅では駅員に話す前に試みに券売機でチャージしたら問題なく入金できた。余裕をもって少し早めに家を出たので、ほぼスケジュール通りに行ったから良かったが、ムダな時間を費やした。

 それはともかく万願寺駅で駅員とやり取りしている時に、一瞬、えっ! と驚いた。Suicaの過去の使用データが表示されて、何月何日何時に何々駅でいくら、という一覧が表示されたからである。Suicaに限らずカード類を使えば記録が全部残ることは理屈では分かっている。だが自分が電車やバスに乗降した記録が目の前に一覧で表示されると、改めて恐ろしさを実感した。

 運賃だけでなくコンビニなどでの購入記録、飲食店の支払いなどもカード決済していると記録が残る。さらにパスポート、健康保険証、運転免許証などもマイナンバーで一括され、これらを全部スマフォで行っていると、GPSの軌跡も含めてその人の行動を総てトレースできる。このデータを入手してAIでこれから先の行動パターンを予測すれば、その人とほぼ同じ行動を先行できるようになる。その行動パターンに沿って自然な形で犯罪を組み込めば冤罪をでっちあげることも可能だ。デジタル化は便利な反面、リスクも覚悟して利用しなければならない。

 なお、9月1日からデジタル庁が発足した。その人物がその役職に相応しい経歴なのか否かの判断や、発注業務の不正入札防止ぐらいアナログでもできるだろうと思うのだが…。

« 「夏が過ぎ」を実感 | トップページ | 同時多発テロから20年 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 「夏が過ぎ」を実感 | トップページ | 同時多発テロから20年 »