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2022年1月

2022年1月31日

金融緩和のツケ

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(亀戸天神社の梅 鳥居の向こうには東京スカイツリーが=東京都江東区)

 値上げラッシュが始まった。コロナによる国際的な物流停滞、原材料の高騰などが主な理由だ。それに輪をかけているのが円安である。

 先日、驚いたことがある。1人の会社だが設立してから約四半世紀にわたり、市民税や社会保険料は報酬からの預かり金として、会社負担分の法定福利費と合わせて会社が毎月支払う形にしてきた。法人名義の電話代も一緒に、毎月、郵便局(現在はゆうちょ銀行)の窓口から現金で振り込んでいた。自動引き落としにしないで、毎月、郵便局の窓口に行くのは、息抜きや気分転換になるからだ。

 ところが先週、電話代を窓口から現金で振り込むと110円の手数料がかかるといわれた。硬貨の取り扱いについては取扱い枚数によって料金がかかるようになるというのは、新聞やテレビなどの報道で知っていた。だが、電話料金の窓口での現金振り込みにも手数料がかかるとは知らなかった。

 ゆうちょ銀行に限らず、この間に銀行の各種手数料が値上げされている。従来は無料だったものが有料化されたものもある。1件あたりは少額なので、それほど意識されにくいが、積り積もれば結構な負担増になっているはずだ。これも本をただせば日銀の金融緩和策に行きつく。金融緩和のツケが広く浅く、国民に回ってきていることになる。

 円安が原油価格高騰に拍車をかけているが、円安も金融緩和と無縁ではない。また、日銀はETF(上場投資信託)を介して株価にも少なからず影響を与えている。大企業や一部の富裕層は円安や株高の恩恵を受けているが、そのツケは国民や力の弱い企業が払っていることになる。

 2013年4月22日づけの当コラムで、「札は刷れ刷れ 刷るならば 『日出づる国』の このYenを 刷り増すほどに バラ撒けば これぞ真の『黒田節』」と書いた。そして「これが杞憂であれば幸いだ」とも書いておいたが、どうやら杞憂には終わらなかったようだ。

 それにしても金融緩和策で2%に物価上昇目標を達成するはずだったが、未だに目標を先延ばしし続けている。それに対する責任も取ろうとしないのだから気楽なものだ。

2022年1月24日

高速道路

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(冬の陽だまり=近所で)

 車を運転するのは年に10回程度で、長距離が多い。もうすぐ免許更新になるので、すでに昨年12月に高齢者講習は終了した。車で出かける機会は少ないが、それでもまだ運転免許は必要不可欠だ。

 先週も車で取材に出かけた。ところが今年は寒さが厳しいこともあり、朝早く始動しようとしたらバッテリーが切れてエンジンがかからない。取材先の地元には鉄道駅がないので、電車で行くなら近隣の自治体の最も近い駅からタクシーになる。しかし、かなりの距離があり、さらに次の取材先までの移動の関係もあるので車で行くことにしたのである。だが、エンジンがかからず、急遽、次善の策を考えなくてはいけなくなった。最近は高速バス網も発達しているので、高速バスなら鉄道の駅より近くまで行ってタクシーという方法もあるだろうと、パソコンで近くに行く高速バスを調べていた。その場合でも、2件目の取材先はキャンセルするしかないと覚悟を決めていた。その間、上さんがチャレンジしていて「エンジンがかかった」といったので、車で出発することができた。

 たまに高速道路を走ると、いくつか感じることがある。第一には大型バスが少ないことだ。ほとんど見かけない。コロナで観光客が激減し、貸切バス会社の経営の大変さを実感する。もう一つは、大型トラックである。最近はほとんどのトラックが高速道路を80㎞/hで定速運転している。とくにキチンとした運送会社のトラックはそうだ。安全運転のトラックが増えてきたので、たまにしか運転しないで高速道路を走っても、トラックの後ろを一定の車間距離を保ちながらついていけば安心である。

 かなりのスピードで走っているのは乗用車が多い。そんなに急ぐ必要があるのかどうか。事故を起こせば自分が怪我をするだけでなく、まわりの車やドライバーにも迷惑をかけることになる。

 それにしても、高速道路に限らず道路は予定通りに順調に走行できるとは限らない。予期せぬ渋滞などもある中で、決められた時間に荷物を届けるということは大変なことだと改めて感じる。渋滞やその他のリスクも考えなければいけないし、そうかといって早く出発してしまうと、そのぶん拘束時間や労働時間が長くなってしまうからだ。

2022年1月17日

新聞チラシ

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(富士山と白さぎ=浅川の土手から)

 

 「在宅勤務」をはじめてから1年半余が過ぎた。最近、あれっ、と感じることがいくつかある。その1つは、新聞の折込チラシをみるようになったことだ。これまでは新聞は読んでもチラシは全くといって良いほどみなかった。とくに欲しいものもないし、興味がなかったのである。

 だが取材その他で外出しない時には、家で原稿を書いたりしている。その合間にソファーで休憩するのだが、その時に新聞折込チラシをみるようになった。無意識の行動だったのだが、何かの拍子に最近はチラシを見ていることに気づいたのだ。

 改めて見てみると、毎日、けっこう沢山のチラシが入ってくる。やはり食品スーパー系が多いが、衣料品(婦人服や子供系が多い)、不動産、ドラッグストア、サプリなど健康系の通販、家電量販店、家具量販店、学習塾、遊技場、金価格の高騰を反映して宝飾品の買取もある。

 日本新聞協会は毎年10月現在の新聞の発行部数と世帯数の推移を発表している。それによると昨年10月現在の一般紙の発行部数は3065万部で、前年より179万部の減少となった。ピーク時の1990年代には5000万部を超えていたというから、活字媒体の凋落のすごさを物語っている。ちなみに2000年は4740部だったから、この21年間に1675万部も減少したことになる。1世帯当たりの部数も、2000年の1.13から、2021年では0.57に半減している。

 だが、毎朝の朝刊に折込まれて配達されるチラシは依然として多い。新聞販売店にとっては大きな収入源になっているはずだ。とはいえ肝心の購読部数の減少が続けば事業転換は避けられない。新聞社(印刷工場)から販売店までの輸送ネットワークも貴重な事業インフラだが、販売店から各家庭への宅配システムは日本独自のものである。この宅配網を有効に活かした新分野への事業展開が必要だろう。

 最近は夕刊を発行しない新聞社も増えてきている。夕刊を発行していても朝夕刊のセット購入は減少している。つまり朝刊を配布した後の時間に、宅配網を活かした新たなビジネスをいかに取り込むかが新聞販売店の経営にとって大きな課題になっている。同時に宅配システムを維持することにもなる。そのように考えると、ネット通販などのラストマイルの一端を担うようにするのは有効な方策の1つではないだろうか。

2022年1月10日

成人式に思う

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(磯前神社・神磯の鳥居=茨城県大洗町)

 昨年の1月11日づけは「万年筆」と題して当コラムを書いた。コロナ禍で「おめでとう」と書く気持ちにはなれないので年賀状を出さずに、年賀状をいただいた方には一般ハガキで礼状を書いた。1枚1枚、万年筆で礼状を手書きしたのである。今年も全く同じだが、昨年と違うのは、インクなどを流してきれいにし、長年、使わずにしまっておいたモンブランで久々に書いたことである。

 それはともかく、手書きは疲れるが、年賀状への礼状を書きながら様々なことが思い浮かぶ。それがパソコンとは違う点だ。1人ひとり相手の顔を頭に思い描きながら礼状を書くと、文章の内容も少しずつ違ってくる。年に1度ぐらいはアナログも良いものだと思う。だが、パソコンで文章を書くことに慣れてしまうと、手書きは大変だと実感する。

 なんといっても漢字が思い出せなくなっていることに気づく。万年筆で文章を書きながら、頻繁にパソコンで漢字を確認しているのだから面白い。漢字を辞書で引くよりも、パソコンやスマフォで確認した方が手っ取り早いのである。おそらくスマフォ(デジタル)ネイティブの人たちは、電子辞書は使えるが、活字の辞典や辞書といったものは使った経験がないかも知れない。このようにして時代は変わっていく。

 そういえば今日は成人の日だ。コロナ禍で昨年は成人式を延期したり中止したりする自治体があった。今年はオミクロン株の急速な感染拡大で、直前になってから開催予定が変更されるケースが多い。参加を予定していた新成人の人たちは可愛そうだ。

 新成人はスマフォ(デジタル)ネイティブなので、自分が20歳のころとは隔世の感がある。自分は成人の日に式典には出席しなかった。三畳一間のアパートで、1日中ごろごろして過ごしたことを思い出す。今と比べると当時は牧歌的な時代だったなと懐かしい。

 再び20歳に戻ることはできないが、あの頃の感性を持ち続けるだけでなく、そこに経験をプラスしないといけない。前回のコラムで書いたように、今年も時代の変化に適応し続ける1年がスタートした。

2022年1月 3日

適者生存の歴史

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(朝明け=多摩川)

 2022年を迎えた。まだまだコロナの終息は見えてこない。おそらく完全に終息することはないだろう。予防薬や治療薬の開発で、インフルエンザなどと同様に、感染病の1つという形になるのではないかと思う。人類は新型コロナウイルスと共存することになり、これからはWithコロナの社会になる。

 一昨年、昨年を振り返ってみると、動植物など生物のサバイバルと進化の長い歴史が僅か2年間に短縮され、実体験したかのようだ。新型コロナウイルスの感染拡大に対して人類はワクチンを開発。ワクチンの接種によって一定程度は感染拡大を抑制できた。だが、次から次と変異株がでてくる。その変異株に対抗して人類はさらに感染予防薬や治療薬の開発を進める。まるで生命体が地球上に現れてから今日までの、環境変化や外敵から身を守るために変化し続けて生き残ってきた種の歴史をダイジェスト版で見ているかのようだ。

 地球上に生命が誕生して以来、自然環境の変化に対応できない生物は滅亡し、環境変化に適応できた生物がだけが生き残った。さらに絶えず環境は変わり続け、その都度、変化に適応できた生物が生き抜いてきた。これは自然環境に対してだけではなく、生物間の生存競争も同じである。生物の歴史はこのような変化=進化を長い時間かけて何度も繰り返してきた。コロナ禍のこの2年間は、その適者生存の歴史そのものだ。

 それを可能にしたのは人類の知能である。自然のままでは、人の体が新しいウイルスに対抗できるようになるまで長い時間を要する。その間に人類が滅亡してしまう可能性だって否定できない。だが、人類は予防薬や治療薬を開発することで、短期間に抗体をつくれるようになった。

 年の初めに、Survival of The Fittest(ハーバート・スペンサー)という言葉を噛みしめている。今年も適応し続けなければならない。

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