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2022年10月

2022年10月31日

キャンセル

Photo_20221027210601 (松本城=長野県松本市) 

 最近は何でもデジタルで大変だ。自分からすると便利どころか、むしろ不便な面もあるくらいだ。小売店や飲食店でいえば、従来は店の側が行っていた行為の一部をタブレットなどを介して客にさせている面がある。行政手続きでも、デジタル化の推進などと声高に叫ぶ政治家がいるが、本来はサービスを享受する側のタックスペイヤーに行為の一部を負わせるようになっている。パソコンやタブレット端末、最近はスマフォをツールとしているので、いかにもIT化であるかのように錯覚させるが、利用者への負担の転嫁という側面があることは否定できない。

 出張先の宿泊をネットで予約した。これはいつものことなのだが、今回、初めてホテルの予約をキャンセルすることになった。といってもスケジュールの変更ではない。あらかじめ予約したホテルに泊まるのだが、安い方に替えたのである。

 講演会場になっているホテルに、当日夜の宿泊をかなり早くネットで予約した。ところがその後、セミナーの主催者から、もし会場になっているホテルに宿泊するのであれば当方から予約を入れましょうか、というメールが来た。そこに書かれていた金額は、自分で予約した金額よりも安い。しかもそれ以外にいくつかの特典がついていた。そこでセミナーの主催者から予約を入れ直してもらうことにしたのである。ただし、紹介サイトとホテルとの契約上、ネットで予約したものは本人がキャンセルの手続きをしてください、とのことだった。キャンセル料が発生する以前なのでキャンセル料はかからない。

 そんなことでネットでキャンセル手続きをしなければならなくなった。20年ぐらい前から出張その他の宿泊予約はネットでしているが、キャンセルの手続きは今回が初めてである。そのためキャンセル完了までの手続きが大変だった。IDやパスワードなどすっかり忘れている。あれこれ思い出しながら入力してもエラーで何度もやり直し。不慣れなことが一番の原因だろうが、予約の手続きは比較的簡単にできるが、キャンセルの手続きは難しい仕組みにしているのではないか、などと疑ってしまう。

 それでも1時間以上かかって、やっと「キャンセル確認メール」がきた。何かと生きづらい世の中になってきたものだ。

2022年10月24日

ウソが許される人と許されない人

Photo_20221020154301 (熱田神宮=名古屋市熱田区)

 テレビ朝日「羽鳥慎一モーニングショー」のレギュラーコメンテーターの玉川徹さんが番組中に事実に基づかない発言をした問題が、その後も尾を引いている。まぁ、虚偽の発言をしたのは事実だし、ウソがいけないことは言うまでもない。だから本人が番組で訂正して謝罪した。だが、それだけではダメだ、許せないという「厳格」で「正義感」の強い人たち?  がいる。

 玉川さんの問題発言は、番組で安倍晋三元首相の国葬に関するテーマを採り上げている時のものだ。その安倍元首相は2019年11月から2020年3月の間に、国の最高機関である国会において118回の虚偽答弁をしたことを衆院調査会が認めている(2020年12月21日)。このようにたくさんウソをついた「偉大な功績のある方の国葬」に関連したコメントで、事実ではない発言をしたといって批判されているのだから皮肉なものだ。

 もちろんウソの発言がいけないことは当然だ。では、玉川さんを批判する人たちは安倍晋三元首相の国会における虚偽答弁についてはどのようにお考えなのか? その当時、国会における虚偽答弁に対して、どれだけ批判したのか。まさか、国会におけるウソ答弁よりテレ朝の一番組での根拠のない発言の方が大問題だ、という認識なのではあるまい。

 それに虚偽の発言などをして後でバレても「お詫びして撤回する」と頭を下げれば、それで「禊が済んだ」と堂々と「公務」に邁進? しているセンセイ方も国会にはたくさんいる。それらのセンセイ方はどうなのだろう。どうやらウソが許される人と、許されない人がいるようだ。

 5年半前になるが2017年5月に「羽鳥慎一モーニングショー」に30分ほどライブで出たことがある。控室での事前打ち合わせの時に、「当局の社員なのですが玉川徹というコメンテーターがいます。偉そうな態度で失礼なことを言うかも知れませんが気にしないでください」とディレクターに言われた。その時、面白そうだと感じたことを思い出す。毒舌も含めて批判的精神はテレビ番組に必要と思っているからだ。それに訂正して謝罪したのだから、玉川さんはこれからも従来通りコメンテーターを続ければ良い。

2022年10月17日

大須観音と若き日のY君

Photo_20221012132301 (大須観音=名古屋市中区)

 名古屋の栄にあるホテルに2泊したので、初日の夕方、久しぶりに「プリンセス大通り」から若宮大通を渡って大須観音に行った。記憶が定かでないが、プリンセス大通りを歩いたのも大須賀観音に行ったのも10年数年ぶりだと思う。

 昔の話だが35年ぐらい前に、プリンセス大通りと若宮大通が交差する近くに1年半ほどいたことがある。といっても月のうちの半分は名古屋で、半分は東京という生活だった。そのような生活を1年半ほど続けたのである。その当時は、プリンセス大通りを栄の交差点までよく歩いたものだった。その後も名古屋には何度も行っているが今回は栄の近くのホテルに泊まったので、チェックインしてから懐かしくなって大須観音まで歩こうと思ったのである。

 ところが道に迷ってしまい、いくら歩いてもプリンセス大通りが見つからない。半ばあきらめてホテルに帰ろうとしていたら「プリンセス大通り」と書かれたアーチが目に入った。大須商店街も懐かしかったが隔世の感がある。

 約35年前に、大須のアーケード街でY君と偶然に会った。Y君は写真家で、若い時には都内に住んでいたので、お互いのアパートを行き来して語り合った仲だった。その当時、彼が写真を、自分が文章を担当して将来は「み撮りある記」の連載をしようと話したことがあった。小生の結婚式の案内状に使った写真は、彼が撮ってくれたものだ。その後、Y君は諸般の事情で出身地の京都に帰ったので、一緒に仕事をすることは叶わなかった。交流もほとんど途絶えていた。

 大須のアーケード街で偶然に再会したのは自分がちょうど名古屋にいる時で、彼は猿回しの大道芸人に同行して写真を撮りながら全国を回っている途中に名古屋に来たからだった。その偶然の再会が彼との最後になってしまった。Y君はそれまでに写真集を2冊出版していたが、30代半ばでガンのために亡くなってしまったからだ。早世した彼を偲んで、写真の先生や仲間たちが残されたネガから編集して出版した遺稿集が3冊目の写真集となった。

 Y君が亡くなってしばらくしてから、仕事で京都に行った機会に線香をあげに彼の家に寄ったのだが、奥さんが仕事で留守だったのでメモを残して帰ってきたことがある。夕暮れのプリンセス大通りを歩きながら、Y君と語り合った若い日のことを懐かしく思い出した。

2022年10月10日

寒い、寒い

Photo_20221008080001 (名古屋城=名古屋市中区)

 夏のような暑さから一気に冬のような寒さになった。近年は毎年のように秋らしい季節がなく、夏からすぐ冬になる感じだ。「秋らしい清々しい1日」といった定番の形容詞を使う機会がほとんどない。

 困るのは服装だ。急に寒くなると今日は何を着ようかと迷ってしまう。夏服では寒すぎるし、そうかといって冬服を着るにはまだ早すぎるのではないかという心理的な躊躇いがある。そんな日には街でも、半そでの人もいればコートを着ている人もいるなどバラエティーに富んでいる。日本もニューヨークなみになってきたな、などと変に感心したりする。

 クリーニングも困る。当社は1人だけの会社だが、事務所を閉鎖して「在宅勤務」にしてからクリーニング店に洗濯物を出す回数が極端に減った。たとえばスーツにしても着る機会が少なくなり、コロナになってからは1シーズンに数回しか着ない。夏物のスーツも1着あれば大丈夫だ。そのため夏物にしても冬物にしてもクリーニングに出して引き取ってから、「在宅勤務」の2年余の間に1度も着ていないスーツがある。

 そのような中で、今年の夏に着たスーツなどをクリーニングに出すべきかどうか。また、暑さが戻るかも知れないので、クリーニングに出すのはもう少し待とうかと迷ったりもする。

 それに何より急激な気温の変化に体がなかなか付いていけないのが困る。まぁ、これは年齢のせいかも知れないが‥‥。

2022年10月 3日

救急搬送

Photo_20220930152301 (神田明神=東京都千代田区)

 最近は救急車のサイレンをよく聞くようになった。また、救急搬送しているところも頻繁に見かける。コロナの影響で救急搬送の回数が増えているのだろう。それだけでなく走行距離が伸びていることも目にする機会が多くなっている理由と思われる。

 実はわが家も救急車のお世話になってしまった。上さんが仕事中にケガをして救急搬送されたのである。といっても左腕の骨折だけですんだので、まずは一安心だった。

 夕方の6時過ぎに救急隊員から電話が入り、受け入れてくれる病院を探しているがなかなか見つからない、とのことだった。その後も電話があり、コロナ等により受け入れ病院がまだ見つからないので、場合によってはかなり遠くの病院に搬送することになるかも知れないという。やがて、最初の電話から約40分ぐらい経って、受け入れてくれる病院が決まったので、その病院にすぐに向かってくれとの連絡が入った。病院が見つからずに何時間も救急車の中で待機しなければならない、といったニュースを聞いたりするが、本当に大変なんだなと実感した。

 搬送された病院はモノレール、電車、バスを乗り継いで行っても1時間程度、車なら30分ぐらいの所にある病院なので、まずまず良かった。病院では4時間ぐらい待たされたが、その間にも消防庁の救急隊員の姿を病院内で何度か見かけた。これでは救急車のサイレンを頻繁に耳にするのも当然だなと思った。救急患者を受け入れる病院側もコロナ以降は過重労働になっているだろうと実感する。

 だが、コロナ感染防止のために、入院してからは退院するまで誰も面会ができない。今までメールなどしたことがないが、携帯のメールでやり取りすることになった。そのような意味では便利になったものだ。

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