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2023年5月

2023年5月29日

素顔リハビリ

Photo_20230523093701 天橋立「磯清水」=京都府宮津市(撮影:2020年3月)

 最近は毎朝のウォーキング兼ランニングの時にマスクをしたり外したりしている。ずっとマスクをしていることもないし、そうはいっても一気にマスクを外すのにも躊躇いを感じるからだ。

 今年は例年に比べると1日の気温差が大きい。5月も下旬ともなると朝夕でもそれほどの冷え込みがないはずなのに、今年はけっこう寒い。またこの間、マスクをしたまま走るのに慣れてしまったので、マスクを外して走ると頬に当たる空気が冷たく感じる。そんなことで朝のウォーキング兼ランニングの時には、マスクをしたり外したり、いわば素顔生活に戻るためのリハビリをしているような感じだ。

 最近はマスクをしない人も少しずつ増えてきた。だが、不思議に思うことがある。それは、コロナになってからマスク生活が続いたのに、マスクを外しても顔の肌の色に不自然さがないことだ。

 3年ちょっと前になるが、2020年3月16日づけの当コラムで「股のぞき(天橋立)」を書いた。コロナ感染症が問題になり始めて間もない頃だったが、兵庫県の丹波市に仕事で行ったので、天橋立まで足を延ばした。天橋立は松並木の中の道ではなく、外海側の宮津湾沿いの砂浜を歩いて渡ったのだが、天気が良くて日差しが強かった。その時にマスク生活が長く続くと、夏が過ぎた頃には「マスクで覆っている部分以外が日焼けする可能性」があるのではないか、と考えたのである。

 コロナが収束してマスクをしなくなると、マスクで覆っていた部分を除いて日焼けをし、みんな変な顔になっているのではないかと想像した。だが、最近はマスクをしない人が増えてきたがそうはなっていない。どうしてだろうと不思議に思いながら、3年ほど前のことを思い出し、今回は天橋立で撮った磯清水の写真を掲載することにした。

2023年5月22日

インバウンド

Photo_20230520215301 旧富澤家住宅=東京都多摩市

 最近は出張で新幹線などに乗ると外国人観光客の増加を実感する。ターミナル駅のホームも外国人がいっぱいだ。まだコロナ前には戻っていないようだから、コロナ以前はもっと外国人観光客が多かったことになる。コロナの前は少しずつ増えてきたので自然に受け止めていたのだろうが、コロナで外国人が減り、再び短期間で増加したのでその多さに驚く。

 インバウンドの増加は観光関連業界や免税店などの小売業にとっては大歓迎なのだろうが、自分にとっては正直なところ歓迎とは言えない。文化的に洗練された国からの観光客は良いのだが、他人のことなど顧みないマナーもわきまえないような国からの旅行客にはうんざりだ。率直に言えば迷惑で不愉快である。

 昨年11月に青森に行ってタクシーに乗った時である。タクシーの運転手が、某国からの観光客には困るという実例をいくつか話してくれた。たとえば、ある観光地まで送って料金を受け取った。そして客が何時間ぐらい見学するから、何時にここに迎えに来てくれというので約束の時間に行ったのだが、なかなか来ない。当初の予定より見学に時間がかかっているのかも知れないと待っていたのだが結局、客は来なかった。そこで運転手仲間に聞いたところ、その客たちなら別のタクシーに乗って行ってしまったという。待たされた時間だけ仕事にならなかったことになる。

 また、同じ国からの別の観光客の話である。青森市内の道路の一部はリンゴの木が街路樹になっている。さすがにリンゴの産地だけある。そして街路樹のリンゴの木は近くの幼稚園などの児童たちが世話をしているのだという。ところが、某国からの観光客を乗せている時に赤信号で止まったら、客がタクシーから降りて行って街路樹のリンゴをもぎってタクシーに戻り、車の中でかじりだしたというのだ。ホテルや旅館の備品を持ち帰る外国人客もいるようだし、困ったものだ。

 そんな中、ウクライナのゼレンスキー大統領がG7サミット広島に出席するために来日した。このような訪日は大歓迎である。中には、「世界に向かって平和を呼びかけている広島に、軍事的支援を求めに来ることに複雑な思いだ」、という声もある。だが、なぜ武器を求めざるを得なくなったのかと考えるべきだろう。そもそもロシアが侵略戦争を始めなければ武器など必要なかったのだ。

2023年5月15日

アディショナルタイム

Photo_20230514182001 Jリーグ開幕30周年記念イベント=東京・国立競技場(5月14日)

 昨日は国立競技場で行われた鹿島アントラーズvs.名古屋グランパスの試合を観に行った。体調がベストでない上さんは家でテレビ観戦だったが、長男夫婦と孫2人、長女夫婦と孫2人と計9人でのアントラーズ応援だ。試合前にはJリーグ開幕30周年記念のイベントがあり、試合もアントラーズが勝ったので良かった。

 自分はコロナになってからは競技場でサッカーを観ていないので久しぶりである。太鼓の音やウォーというサポーターの声など、やはりスタンドからの観戦は違う。

 長男一家と長女一家は揃って昨年夏も鹿島スタジアムに行き、1泊して翌日は海で遊んできた。4人の孫のうち男の子は1人で小学3年生だが、地域のサッカークラブに入っている。周りはほとんど学年が上のメンバーらしいが、そんな中で頑張っているという。実際にJリーグなどの試合を観ることが刺激を受けて一番勉強になるだろうと、今年の夏もみんな揃って1泊で鹿島スタジアムに行く予定を組んでいる。

  長男も小学校の低学年からサッカーを始めて夢中になっていた。ちょうど、いまサッカーをやっている孫ぐらいのころだ。Jリーグが開幕したのでより熱心になり、家族4人で観たものである。それ以来のアントラーズ応援だ。あれから30年が経ってわが家の応援団も人数が増えた。

 そんな昔を思い出しながら久しぶりにスタンドで観戦した。そしてわが身を振り返ると、いまの自分は1点ビハインドで後半のアディショナルタイムにグランドに立っているようなものだと気づいた。この試合がトーナメントなら、残された時間内に何としてでも同点に追いついて延長戦に持ち込む。延長でも決着がつかなければPK戦で最後は勝つ。このように今後の人生の試合展開を頭に描いて走り回ろうと思った。

 さて、予想通りの試合展開になるかどうか‥‥。それは試合終了のホイッスルが鳴るまで分からない。それがサッカーだし、人生でもある。

2023年5月 8日

「農者国栄」

Photo_20230502142501 都電荒川線 王子駅前停留場付近=東京都北区

 4月26日づけの「農業共済新聞」(全国農業共済協会発行)の「ひと意見」という欄に、「トラック運送業界『2024年問題』 新たな農産物物流システム構築を」という記事を出稿した。この間、Yahoo!ニュース個人に九州や東北の農産物の物流に関する記事をUPしていたので、それを読んだ編集部の担当者から執筆依頼があったのだ。まさか農業関係の新聞に「2024年問題」の記事を書くとは思ってもいなかった。

 送られてきた掲載紙を手に取って、おじいちゃんを思い出した。おじいちゃんは農協に勤めていた。珍しいのだが、生まれ育った村には農協が2つあった。政治的な意見の違いから組合員が分裂して革新系と保守系の2つになった、という。ずっと関心を持ち続けていたので30歳代になってから調べたら、村長選挙も、その後の県議会選挙も、保守系と革新系の候補者の得票が同数だった。村長選挙では得票数が同じなら年長者を当選にする慣例があったらしい。お会いした時はすでに高齢になっていたが当時の元村長にも話を聞くことができた。

 そのようなことで組合員間の対立が激化して分裂。おじいちゃんは保守系の農協を新たに設立したリーダーだったらしい。その農協で職員として働きながら村会議員や、合併後の市会議員などもやった。そんなこともあって家の床の間には、誰の書かは分からないが「農者国栄」という掛け軸がかかっていたのを覚えている。

 おじいちゃんは多くの人から親しみを込めて「ガンジー」と呼ばれていた。坊主頭に丸い眼鏡をかけていたので、当時の小学校の教科書に載っていたインド独立の父といわれたマハトマ・ガンディーの写真によく似ていた。それもあるのだろうが、おじいちゃんの「ガンジー」は「頑固じじぃ」から来ている。日曜日も農協には誰かが交代で出勤していた。農作業をしていて肥料などがなくなり、急に必要になった人が来るからだ。そこで日曜におじいちゃんが出勤する時には、小学校に入る前から一緒に1日、農協の事務所で過ごした。そのため「日曜組合長」といわれ皆から可愛がってもらった。おじいちゃんは自分が高校3年の秋に亡くなったが、その後も、農協関係者や役所の一部の職員の人たちからは「ガンジーの孫」と好意的にしてもらった。

 農家の人たちは秋にコメの収穫が終わると、1年間積み立てていた資金で2泊3日ぐらいのバス旅行に行く。おじいちゃんも毎年、集落の旅行に招待されたが、農家の子供たちも行くので自分も連れて行ってもらった。バスの中では、いつもおじいちゃんがマイクを持って何か長い話をしていた。自分もトラック運送協同組合の研修旅行に呼ばれて、バスの中で「トラック運送業界の現状」などについて話をすることがある。今にして思えば、おじいちゃんも「今年の米価をめぐる動きは云々‥」などと話をしていたのだろうと思う。またある時は、おじいちゃんに連れられて東京の集会に行った記憶もある。全国から農家の人たちがたくさん集まって、鉢巻をしてこぶしを振り上げていた光景を今でも断片的に覚えている。おそらく農家の要求を政治に反映させるための集会だったのだろう。トラック協会でも全国から東京に集まって鉢巻をして「ガンバロー」とやることがある。その会場に取材で同席すると、おじいちゃんに連れられて行った農民の人たちの集会を思い出す。

 20歳のころ、浪人をしながら東京で1人暮らしをしていた。「浪人」といっても、自分は何をしたいのか、どのように生きていくかが分からず、ふらふらしていただけである。そんなある日、三畳一間の狭いアパートで昼間からゴロゴロしていたらウトウトしてしまった。その時、夢におじいちゃんが現れて自分の名を呼び、「〇〇の本はもう読んだか。良い本だからまだなら読んでみろ」といった。その声を聞いた瞬間に目が覚めたのだが、いくら考えても〇〇という書名が分からなかった。今だに分からない。

 そんなおじいちゃんは天国で「農業共済新聞」の記事を読んでくれているはずだ。いずれ自分も天国に行って再会するが(「お前が行くのは地獄だ」というヤジが飛びそうだ)、おじいちゃんは昔のように頭をなでてくれるだろう。だが、楽しみはまだまだ先にとっておく。

2023年5月 1日

今日はメーデー

Photo_20230424080501 なんじゃもんじゃの木(白い花)と深大寺本堂=東京都調布市

 このコラムは毎週月曜日に更新しているが、たまたま今回は月曜日が5月1日のメーデー(労働者の祭典)になった。半世紀も前になるが、若いころはメーデーの集会に何度か参加した。メーデーに行かなくなって久しいが、昨今は、当時の社会的な高揚感は感じられない。連合主催の今年のメーデー中央大会が29日に東京の代々木公園で開かれ、岸田総理大臣も出席した。だがマスコミのニュースの扱いは小さい。半世紀前とは隔世の感がある。

 30年ほど前から主要国では新自由主義が席巻し世の中が大きく変わった。とくに日本では、この10年ぐらいで貧富の差が著しく拡大したのに、労働組合の組織率は下がる一方だ。そもそも「労働者」といっても今では非正規雇用労働者が4割近くを占める。半世紀ぐらい前の1970年代前半ごろは、非正規雇用労働者という表現は一般的ではなかったが、それに該当するのはパートとアルバイトだった。

 前者は、家事や子育てをしている既婚の女性がフルタイムではなく都合の良い時間だけ働く。また、社会保険料を差し引かれない範囲の収入で家計の足しにしたいという人が多かった。少なくとも当時は、夫1人の収入で妻と2人ぐらいの子供が基本的には生活できたのである。一方、アルバイトはほとんどが学生だった。中にはアルバイトをかけ持ちして学費から生活費までを賄って大学に通った学生もいたが、多くはアルバイトで小遣いを稼ぐというのが一般的だった。

 最近、斎藤幸平著「ゼロからの『資本論』」(NHK出版)と、白井聡著「マルクス 生を飲み込む資本主義」(講談社現代新書)を続けて読んだ。斎藤氏の「人新世の『資本論』」(集英社新書)も2年ぐらい前に読んだが、同氏の著書は2冊とも売れているようだ。「資本論」関係の本が売れるのは、おそらく社会や生活に不安を感じる人が増えているからだろうと思う。閉塞感が強まると資本主義経済の本質を分析した「資本論」は輝きを増す。

 だが、「資本論」というタイトルだけで毛嫌いする人がたくさんいることも事実だ。これほど世界中の多くの人から嫌悪されている本も稀だろう。一方、「資本論」ほど各時代に応じて再評価される本も少ない。同著が書かれた19世紀なかばごろにはヨーロッパを「妖怪」が徘徊していて支配層に警戒されたようだ。それに対して現在の日本では依然として「妖怪の孫」(古賀茂明著『分断と凋落の日本』発行・日刊現代、発売・講談社)が、非正規雇用労働者をはじめ庶民を苦しめている。そんな中で迎えた今日のメーデーだ。

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